第129話 道化師たちの初任務
「停滞魔法!?」
アデルが、眦を釣り上げて、ゲオルグ老に迫ったので、ぼくは慌てて、割って入った。
「停滞魔法というのは、対象物の周りの時間の流れを止める、または非常にゆっくりにするもので、これは例えば、瀕死の重傷を負った仲間を、安全に治療が受けられる場所まで、移送ふるときに用いられ……」
「ルウエン。」
アデルは、かつてのフィオリナを思わせる上目遣いでぼくを睨んだ。
「停滞魔法がなんなのかは、わたしも知っている。なんなら、私も使える。」
「だが、抵抗する相手を拘束するために、使われることはまずもってありえないのです。」
ぼくは。ゲオルグ老に詰め寄った。
「そうだ。停滞空間の発動は、詠唱も含めてかなりの時間がかかる。実際に術の発動に、対象物が抵抗すれば、ほぼ確実に失敗するから。」
アデルが続ける。
ゲオルグ老が、妙な目付きでぼくたちを見ている。
「なんですか?」
「いや、よいコンビだと思ってな。」
ゲオルグ老は、ドロシーの目付きに気がついて、話しを進めた。
「確かに、停滞魔法を、相手を無理やり拘束するのに使われた例は少ないが皆無では無い。相手に反応を許さない速度で術を完成させれば、可能ではある。」
「確かに、“黒の御方”はやってのけたわ。」
ロウがつぶやいた。
「ブレスに巻き込まれて消滅寸前のミイナを、停滞空間に閉じ込めて見せた。あの速度で魔法を展開出来れば、たしかに相手は抵抗などする間もなく、“停滞”させられる。」
「逆に言えば、リウなみの速度で“停滞”を使えるものでないと話にならない。」
ぼくは言った。
「そんな術者が、百驍将にいるのか?
あるいは、フィオリナ自身が出ばってきたのか。」
「いる。」
と、ゲオルグ老が言った。
「カプリスならばやってのけるだろう。」
聞いた事のある名前だ。たしか、カザリームのトーナメントで、「絶士チーム」のリーダーだった。
神官風の男で、手の数を増やしたり、召喚獣を駆使して食い下がったが、フィオリナに、やぶらてからは、フィオリナわどういうわけか、神として崇めるようになっててしまった。
たしか、フィオリナの神殿を建てるのだと息巻いていたはずだが、その後は、“百驍将”としてフィオリナに仕えているのか。
……あんまり、うらやましくはない。
「これで、当面、お子さんたちは無事だよ、ドロシー。もともと、やつらはきみをフィオリナのとこに連れていくのが目的だ。お子さんに危害加える心配はないし、停滞フィールドに包まれていれば、不慮の事故も防げる。」
「ルウエン。あなた最高にバカなこと言ってる。」
ドロシーは、つぶやいた。
「わたしの子どもたちを誘拐されたのよ。相手がたとえ、百驍将筆頭だって、フィオリナ自身だって、容赦するものじゃないわ。」
ぐるりと、周りを見回したその目には、支配するものの威厳があった。
「アラゴンを代表して、“踊る道化師”に依頼します。わたしの娘たちを一刻も早くわたしのもとに連れ戻しなさい。」
なぜか、全員の視線が、ぼくに集まっている。
「……え? なぜ。」
「新生“踊る道化師”の初仕事だよ。」
ロウが笑いながら言った。
「どうするの? リーダー。」
え?
なんでぼくがリーダー?
「いや。ぼくは、リーダーの、器じゃないよ。アデルか、ロウのほうが。」
「わたしは、どうも“災厄”と“黒”の両方から狙われている身らしいし、自分のお守りだけで、精一杯だ。」
「わたしもダメだな、ルウエン。」
ロウも笑いながら言った。
「アデルに言うことをきかせる自信が無い。」
「分かりました。暫定的に」
ぼくは咳払いをして、宣言した。
「では、我々“踊る道化師”は、我が仲間であるドロシーの子供たちをすみやかに、かつ安全に奪還し、母親のもとに戻す任務を引き受けた。」
「ありがとう、ルウエン。」
ドロシーは、ぼくの手を握った。
「わたしは、そんなに動けないから。負担をかけると思うけど頼むわね。あと、これは絶対条件では無いけど、うまく、成功したらボーナスをつけるわ。」
「というと?」
「おそらく、百驍将と一緒に行動しているはずの、夫とその愛人を生きたまま、連れてこれたら、50ダル、料金を上乗せする。」
なるほど。
おそらくは、百驍将を手引きした“元”旦那とその愛人を生かしたままつれてこれたら、50ダル……
50ダル!!
つまり、やつらは2人分合わせても一日の賃金に匹敵しないってことか。
「すてきな提案じゃん、ドロシー。」
リヨンが、笑って頷きた。
「キャスとわたしは先行するよ。
シャロンには、マーキングしたあるんだ。キャスなら楽々追跡できる。」
い、いつの間に、“踊る道化師”のメンバーに入ってるんだ、リヨン。
まあ、おまえなら悪くは無いのだけれど。
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