第128話 再びの“貴族殺し”
ドロシーは、気丈だった。
少なくともそう見せるように努力はしていた。
廊下を歩く。階段を降りる。
そんな日常的な仕草にもいちいち、辛そうなものを感じた。
出産というのは、身体に負担のかかる行為だ。それは、子どもを出産したあとにも続く。
まだ、ドロシーはその時期だった。
「ラッツ! 報告しろ!」
肉体的にも。
もちろん精神的には、さらなる苦痛を堪えているだろう。それでも、早足で歩きながらドロシーはそう命じた。
「最初に気がついたのは、デロンだ。エッグホッグとシャロンを監禁していた部屋の様子を見に行ったら、もぬけの殻だった。」
「逃げ出した? カギはかけて合ったのだろう?」
「間違いなく。いや、それにエッグホッグはあんたに足を踏み砕かれてて、とてもまともにあるける状態じゃなかったはずだ。」
「…わかった。それで、エイメたちの安否を、まず確認しに行ったわけだ。」
「そ、そうだ。あいつらがまず、お嬢ちゃんたちを人質にとろうとするに決まってるからな。それに、あれでもエッグホッグはエイメには、慕われてるところがある。」
ドロシーは、顔を顰めている。
「ここが、エイメたちを遊ばせていた部屋か?」
部屋は、3階で、大きな窓がついていた。
部屋のなかには、家具らしいものは
机とテープルだけ。あとは、可愛らしい色とりどりのクッションが残されていた。
「表のドアは、ガランツが見張っていた。妙なやつは誰一人も通していない。」
ぼくは、部屋にはいった。
戦闘の跡はない。
たとえ、エイメがエッグホッグを父親と認めて、ついて行こうとしたとしても、ラウレスがいる。
あの子は、古竜だ。
その体は一度は失われ、残った魂は腐肉とガラクタで構成された肉体に縛り付けられ、徐々に傷つけられていった。
本人は気丈なことを言うが、もし彼女が、竜の形態をとろうとしたり、ブレスを使おうとしたら、その瞬間にこんばくにいたるまでの、二度と修復不可能が損壊を起こすだろう。
それでも、ラウレスは竜だ。
魔力、体力ともにそのままでもいかなる人間よりも上だし、ガスや薬物などをいくら組み合わせても効果は薄いだろう。
あるいは、エイメとサイナを人質にとられて、やむなく、一緒に連れ去られた?
ありそうだが、それも違う。
ラウレスは、竜だ。その行動倫理は、竜のものだ。そのなかには、人間の子どもを積極的に保護する、というものはない。
ドロシーが“踊る道化師”の一員となったあとなら、また違うのだろうが、ラウレスはここで、ふたりの娘の子守りをしていて、そのことを聞いてはいない。
ゲオルグ老が、ぼくの隣にたった。
これも眉間に皺を寄せて、周りを見回す。
「ハルト…」
「ルウエン!」
「悪かった、ルウエン。」
ゲオルグ老は素直に謝った。
悪いやつではない。それはわかった。
「あのラウレスという少女は本当に古竜なのか?」
「正確には、元古竜、というべきかな。」
ぼくは、あまり、正確にならないように、でもゲオルグ老が正確に判断できるように、事情を説明した。
「ならば、麻痺や眠りの魔法や、同様な効果のある霧魔法は、除外して良さそうだ」
「しかし、あのラウレスが何もせずに、連れ去られるはずはないんだ。」
アデルが言った。
「窓か。窓から賊は侵入して、三人を連れ去った。」
ぼくは、床の足跡をチェックした。
「二人組だ。荒事にはなれているが、それ専門というわけではない。
使った魔法の痕跡は辿れる。そのうちの一人は……ああ、これは」
ブテルパさんだ。
と、言ったぼくを、ゲオルグ老が化け物を見る目で見つめていた。
傷つくなあ。
「“災厄の女神”百驍将“貴族殺し”のブテルパか!」
ロウが言った。
「おまえとアデルで撃退したヤツだよな。」
「ブテルパを撃退、か。」
「うんが良かっただけです。」
ぼくは言った。
「それより、ドロシーのお嬢さんたちを早く追いかけないと。」
「大丈夫だよ。」
そう言ったのは、ヘンリエッタ、だった。
そう言えば、この子も百驍将…!
「大切なドロシー殿のお嬢さまに、かすり傷ひとつつけるものですか。」
ドロシーが、その目の前に、立ちはだかる。
「フィオリナがこれに関与しているの!?」
「わたしたちは、そこのお人形さんよりも自由な裁量権をもたされているの。」
ぼくは、ヘンリエッタとドロシーの間に体を割り込ませた。
ドロシーの平手打ちは、ぼくの顔を貼り飛ばしていた。
ついでに言うと、ヘンリエッタは剣の柄で、ドロシーの腹部を突くつもりでいた。これは、ぼくのわき腹を強打していて、こっちのほうが痛かった。
「ち、ちょっとだけ、ヘンリエッタの話しを聞こう。」
ぼくは、うずくまりながら、ドロシーに言った。
「わたしのエイメとサイナを攫った一味と? 話すことなんてないわ。」
「二人を無事に取り戻すためだ。」
さ、寒い。
ドロシーはもともと氷雪系の魔法が得意なのだが、その体から発する冷気が、ぼくを震え上がらせる。いや、怖いんじゃなくて、単純に寒いんだけどな。
「落ち着いて、ドロシー。」
ぼくは、彼女の肩をポンポンと叩いた。
ルト、ならいざ知らず、まえにカザリームでちょこっと会っただけのルウエンには、過ぎたスキンシップかもしれない。
でも、それで、ドロシーは、少し落ち着いてくれた。
一歩さがって、ヘンリエッタから距離をとる。
「わたしたちは、ドロシー殿、あなたとアデル様を、“災厄の女神”のもとへご招待します。
幼子であるお子様たちには、一足はやく。
安全な方法で、女神のもとへお連れいたしますので、おふたりはごゆるり、と。」
「ああ、わかった。」
ぼくは使われた魔法の痕跡をもうひとつ見つけた。
「停滞魔法だ。これごと三人を包んで連れ去ったんだ。」
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