第126話 頂上会談2

「わかりませんね。」

ドロシーが、小さな声で言った。


「ん? なにか?」

と、ぼくは、その声を拾うようにして、質問を投げかけた。


「わたしは、これまでも“調停者”としての仕事はほとんど、してません。特にあの腹立たしい“祝福”の話が広まってからはそうです。

わたしは、居場所を隠すため、転々と居を移しました。」


「その間、リウとフィオリナは?」

「接触しようと使者を送ってくることはありました、それが百驍将やハタモト衆といった、それぞれの側近中の側近であったこともあります。

しかし、それがここまで、性急かつ強引にことをすすめようとするのは、初めてです。

いったい、なにがあったのです。“黒の御方”はわたしになにをさせ用途言うのです?」


「“黒の御方”は、“踊る道化師”を再結成するおつもりだ。」

ジェインは、答えた。

「その権威をもって、“災いの女神”を屈服させる。」


フィオリナによく似た鋭い視線は、フィオリナの百驍将ヘンリエッタを貫いた。


「おまえたちも、ここに来ている、ということは同じ考えだろう。ということは、残念ながら話し合いの余地はないな。」

「なるほど? じゃあわたしたち“紅蓮大隊”が、ドロシーを守って違うことになる訳ね。」

キャスが、嬉しそうに言った。

「わたしたちは、精鋭ぞろいよ。それにこれについては、“災厄の女神”の百驍将だって協力てくれるわよねえ。それから旅の冒険者のみなさんだって?」


「百驍将どもは、どうせドロシーを自分の勢力に取り込みたいだけだ。」

「いえいえ。」

ヘンリエッタが、のほほん。と答えた。

「わたしの目標はアデルさまです。ドロシーさまについては、もし、ご自身の意にそぐわない形で、“黒の御方”に招かれるようなことがあれば手助けをせよ、と。」


「どうする? ジェイン?」

ロウ=リンドが言った。

「どうもおまえの周りは、敵だらけのようだし、このまま、おまえがドロシーを拉致するというのなら、わたしたちも敵に回る。」


「まあまあまあ。」

「あのな、ルウエン。まあまあまあで済む要件じゃないんだ。」


ぼくは、全員の視線を浴びながら、ゆっくりと立ち上がった。

「そもそも、ジェインさん。リウの目的が、“踊る道化師”を再結成させることなら、ドロシーが“踊る道化師”に入団すれば、リウの目的は達成されたことになりまんか?」


「そ、それは…」

意外なことを聞いたかのように、ジェインは、口ごもった。

彼女は、おそらく、愚直に、ただひたすらに任務を遂行して来たのだろうが、それならそれで、ぼくの理屈はあっているはずだ。


「しかし、踊る道化師はどこにある?」

「ここに。」


と、ぼくは、自分の仲間たちをぐるりと指し示した。


「ぼくらが“踊る道化師”です。」

「馬鹿なことを!」

吐き捨てるようにジェインは言った。

「勝手に名乗るだけなら、だれでもそう、するだろう。」


「ところが、ぼくの“踊る道化師”にはなんと、“踊る道化師”のロウ=リンドとギムリウスも参加してくれてるんだ。」

「ばかな!」


ジェインは叫んだ。

もと婚約者のハルトの忘れ形見が勝手にやったことなら、見逃すつもりだったり

駆け出しの冒険者が、むかしの英雄的パーティの、名を名乗ることなどいくらでもあった。

だが……参加メンバーが、『真祖』ロウ=リンドに、『神獣』ギムリウス、だと?


「あとは、アデルも参加してる。」

ぼくは、彼女が忘れないようにしっかりと言った。

「多くは、言わないけど、アデルのお母さんはフィオリナで、お父さんはリウだ。

ぼくらを正当な“踊る道化師”と呼ぶにはこれで十分じゃないかな。」


ぼくは、ジェインが理解するのを待った。

ジェインは。なんとか反論しようとした。

「“黒の御方”は、おまえたちを正当な“踊る道化師”と認めた訳では無い。」

「“踊る道化師”は活動を停止しただけで、存在はし続けている。」

ぼくは、言った。

「アデルは、そのうちの二人。“真祖”ロウ=リンド、“神獣”ギムリウスに認められて正式なパーティメンバーになった。リウが認めようが認めまいが、『ここ』が“踊る道化師”だよ、ジェイン。

そして、安心していい。きみがリウから受けた命令もちゃんと達成してあげられる。」


ぼくはドロシーの方を向いた。

ドロシーの視線は、暖かだった。


「まったく……どこに行ってたのよ、ルウエン。」

悪戯っぽく微笑みながら、愛しい魔女は、そう言った。

老化遅延の恩恵をうけるほどの魔力量をもたない彼女にとった、ときの流れは確実にその身を蝕んでいる。

でもドロシーは、きれいだった。

たぶん、いままで会ったいつもりよ美しかった、と思う。

「あなたがいれば、あの『混沌』トーナメントも、ガルパノの戦いも違う結果になったのに! いえ、戦そのものが起こってなかった。」


ぼくは笑って答えた。

「あのね、ドロシー。ルウエンは、“踊る道化師”のメンバーですらなかったんですよ。

そこまでの影響力がある訳がないじゃないですか?」


「それもそうね。でもあなたがいたらなんとかしてくれたような気がしている。

例えば、『今』のように、ね。」

「では、“踊る道化師”に参加いただけますか? 『銀雷の魔女』ドロシー。」


そうね。

と、言ってドロシーは、「紅蓮大隊」の隊長と副長を見やった。


「我々は不満ですね。」

キャスが短く言った。

首に巻かれた蛇が、いっしょに頷く。

「勝手にするがいいよ。」

リヨンは、犬歯をむき出すようにして笑った。

「あんたがその気なら、さすがにわたしたちには、止めようがない。でも、街の支配はきっちり、わたしたちで仕切らせてもらうから、ね。」


ドロシーは、ぼくをちらりと見た。


「わたしが、“踊る道化師”に入団する条件ですが。」

「なんなりと。それで、ぼくたちも、ヘンリエッタたちも、ジェインも目的を達成できるのですから。」

「“踊る道化師”の本拠を、ここアラゴンに置きます。」

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