第125話 頂上会談1

別室を設けてもらって、集まった面々をみて、ぼくはちょっと驚いた。

いや、ぼくが集めたわけではないけど、そうなるように誘導したのは、間違いない。

それでもとんでもないメンバーだった。


まず一番の大物は、『城』のロウ=リンドだ。

懐かしき友は、昔とちっともかわらない。これで、齢千年を越える吸血鬼なんだ。

一番、奥の席に勝手に陣取って、わたしはオブザーバーでございますので、まずは若いもんでお好きにどうぞ、と言わんばかりにくつろいでいらっしゃる。


フィオリナの百驍将。

ヘンリエッタとその師匠ベルフォードも角の席に座っている。


対するリウのハタモト衆。

“殺戮人形”ジェイン。フィオリナを模して作られて魔道人形の一体。

稼働している魔道人形が、あと何体あるのか。これは一度、拳聖ジウルことボルテック卿に会わないわけに行かないだろう。

ジェインの後見のように控える老人は、ゲオルグさん。

ぼくはあまり面識ないのだが、現在は西域・中原でリウやフィオリナに意見ができる唯一の大物として、その名が知られている。

ちなみに、ぼくの存在、つまり“踊る道化師”の失われたリーダーについての研究を20年ばかり続けているらしい。


アデルは、上座にどっかりと腰を落ち着けていた。

腕を組んでいた。

ここまでの展開があまり、楽しくはたないのか、むっつりと押し黙っている。

それだけで、物凄い圧力を感じさせた。

ルーデウス閣下は、すごく肩身が狭そうに、その横に縮こまっている。


「紅蓮大隊」からは、二人。

首筋に蛇をはわせた副長のキャス。それに、いままでどこでどうしていて、なんで傭兵部隊の隊長をやったいるのか、まったくわからぬ『カンバス』リヨン。


それに。ドロシー、だ。

こみいった話しのときには、なにかと頼りになる彼女は、ちゃんと人並みに年齢を重ねている。

最初に会ったときは、やせっぽちな体に、やたらとヒステリックにわめきたてる女の子だったが、いまは成熟した女性である。

幸せな結婚だったかは、ともかくいまは2児の母親だ。


「では、」

と、ぼくは、口をきった。

みんなが妙な目付きで、ぼくを見ている。

あれ、なんで?

と、思ったらアデルが重々しく、教えてくれた。

「下手すれば血の雨が降る状況で、話し合いを始めるのに、なんでそんなに嬉しそうなんだ?」


ああ、これは、しまった。


ぼくは、無意識に浮かべていた笑いを消して、頷いた。

「少なくとも話し合いの場を設けられてわぼくらがそこに間に合ったからだよ、アデル。悪くすれば、アラゴンの廃墟しか残っていない可能性もあったんだから。」


「それは、ドロシー次第だろう?」

ジェインが、言った。

「この女が大人しく、わたしに着いてくれば、なにも起こらない。」


「それは困るわね。」

ドロシーは、普通に困った様子で言った。

「サイナはまだ、旅が出来るほど成長していないのよ。」

「……わかった。」

魔道人形少女は、しぶしぶ頷いた。

「3日間待とう。その間に準備しろ。」


「ジェイン。」

ドロシーは、ため息をついた。

「人間はそんなに急には大きくならないのよ?」


「ジェイン。きみはもともとフィオリナの記憶を受け継いでるはずだろ?

乳児を抱えて旅をすることの大変さくらい分からないのか?」

ぼくも追い打ちをかけたが、これは余計だった。

ジェインの怒りは、おもにぼくに殺到したのだ。


「わたしをバカにするな!!

そんなことはわかっている。乳母をやとって預けるなり、知人を頼るなりの手配を整えろ、と言っている!」


アデルは、少し腰をうかした。ロウが六芒星を象った刺繍の手袋した手の甲を撫でた。ゲオルグさんの手のひらに、微かに紋様が光った。拘束用の力場だ。

アデルと、ロウ、ゲオルグさんは、ジェインがこのとき、ぼくにも攻撃をしかけると。

致命のものか脅しかはともかく、何かしらの攻撃を行うものと思ったらしい。


正解だ。


ぼくだって、その攻撃が、ドロシーに行かないように口を挟んだんだから。


だが、ジェインは、なんとか自分を抑えた。

ぼくを睨んだまま、体を仰け反らせるよつにして、ぼくに言った。


「ルウエンとやら。おまえはグランダのハルトのなんだ?」


なるほど。

ジェインは、10歳ころまでのフィオリナの記憶をもっている。

ぼくの存在をみんなの記憶から消し去った“認識阻害”が作動したときには、ジェインはまだ起動されておらず、なるほど、なるほど。

そうでなくても、魔道人形には、“認識阻害”が効きにくい。


「ハルト? グランダの第一王子のハルトですね。

ゲオルグ老師、彼のことはご存知ですか?」


ゲオルグさんは、穴が空くほどぼくを見つめた。

「……これは驚いた。」

老人は、つぶやいた。

そのまま、こめかみに指をあてて俯いた。その手が震えていた。

「王太子争いに破れたあと、ハルト王子は、グランダから姿を消した。」

探るように、ぼくを見つめながら、ゲオルグさんは続ける。

「政争に破れた元王子の記録は、呆れるほどに少なかったが、少なくとも彼は、王立学院の在学中から一人前の冒険者として活動をしていたことが、わかった。

投獄された様子も、また新王エルマートが、刺客を送った記録もなく、考えられるのは、西域に逃れ、名を変えて、冒険者として身を立てた可能性がもっとも高い。」


「いや、素性があんまりわからないと、冒険者登録も、そもそも無理ですよ。」

ぼくは言った。


「ランゴバルド冒険者学校がある。

あそこは、もともとが貧民を救済するための教育機関でもあったから、ランゴバルドの国民でなくとも入学はできる。

少なくとも、20年前はそうだった。」

「なにを言いたいんです?」

「わしは、今では伝説となった“踊る道化師”のあまりにも急な瓦解がずっと気になっていた。

人間界にあまりにも露骨な干渉を行おうとした神々の集合体である“世界の声”に敗北を認めさせ、これから、という時に、まるでそれまで円滑に運営されていたのが嘘のように、“踊る道化師”は、瓦解し、世界は、“黒”と“災厄”のもと混乱と破壊に満ち溢れている。

わしは、それを、“踊る道化師”がその時期にそれまで、パーティを率いていたリーダーが失われたためだと判断した。」

「そんなリーダーが。いるとすれは、それはいったい?」


ゲオルグさんは、太い指をぼくに突きつけた。


「おまえだっーーー!!!」


怪談のオチかいっ!


ほかのときなら、よかったのだ。

アデルもロウもドロシーも。

充分、興味のある話題だろう。たとえ、その頭の中に、ルト、という坊やの記憶が、まったくなくなったいようとも。

だが、いまは、別の差し迫った議題があってのだ。


「ゲオルグ。その、話はあと回しにしてもらいたい。」

ジェインが、ゲオルグさんの、手に自分の手を重ねて、ぼくを指さす手を下ろさせた。

「ハルトが、西域に逃れ、そこでなんらなの形で“踊る道化師”と関わり、その子がルウエンだったなら、わたしは、それを嬉しいことだと感じる。

わたしは。彼のことが好きだった。親が決めた婚約者としてであれ。」


ジェインは、立ち上がった。


ぐるりと、一同を見回す。恐ろしい覇気に満ちた視線だったが、びくともするものは誰一人……。

ルーデウス閣下!! 貴族のあんたが、睨まれて萎縮してどうする?


「だが、いまは、“黒き御方”の命令を最優先させてもらう。ドロシー。わたしとともに、“黒き御方”のもとへ来い。

……その後のことは、“黒き御方”と相談すればいいだろう。だが、まずは一緒に来てもらう。わたしにとっては、陛下のご命令は絶対。なににも増して優先されるのだ。」


「ジェイン殿。」

リヨンは、両手で自分の顎をはさみ込むようにして、テーブルに肘を着いた。

「わたしたちの立場は、どうなります。せっかく、ドロシー殿にシマを譲り、その配下になろうとした挙句に、そのリーダーを横からかっさらわれた、わたしたちは?」


「知らんな! わたしは“黒の御方”のご命令を遂行するのみ、だ。」


手詰まりだろ、これ?


ぼくを見やったアデルの視線は、そう語っていた。


ぼくは、アデルにウィンクして見せた。

ここからが、ぼくの、あるいは、ぼくとドロシーの腕の見せどころなんだ。

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