第124話 カンバスのリヨン
部屋は、待ち一番のホテルの一室を借り切って椅子やテーブルを運び込んだもので、20名は入れるだろうか。
ドロシーは部下も、何人かは参加していたので、ドロシーを、トップに立たせるというキャスさんの、発言に、俄然、色めき立った。
「やりましたぜ、姐御!
これで俺たちが、この、町の支配者ただ!」
「ちょっと待ってて! いまサイナにお乳を上げてるから。」
「ねえ、パパわあ? パパと遊びたい。」
ラウレスは、怪力にものを言わせて、聞き分けのない三歳児を空に投げあげた。
最初は悲鳴をあげた幼女だったが、それが、危険がないことがわかると、キャッキャッと笑って楽しみだした。
一家団欒はほっておいて、ぼくはゲオルグさんとジェインに向き直った。
「アラゴンはこれでなんとかケリがつきそうです。いかがでしょうか? “調停者”殿。」
「ルウエン……殿といったかな。」
ゲオルグさんは、探るようにぼくをみた。
時の狭間にあったもうひとつのミルラクのことは記憶にないはずだから、ほぼ初対面のはずなんだけど。
「おぬしは、カザリームの『栄光の盾』トーナメントで“災厄の女神”とともに戦ったという、あのルウエンか?」
ゲオルグさんは、刻の循環枠に閉じ込められたミルラクで、ぼくたちと出会い、そして、謎につつまれた(というかいるのかいないのかわからない)“踊る道化師”のリーダーの正体に、あと一歩まで迫って見せたのだ。
それはそれで、ぼくらの記憶とともにリセットされたはずなのだが、やはり、同じ人物はまた会えば同じ反応をする。
「そこらへんは、ロウやドロシーにきいてください。あの二人もトーナメントには出てるはずです。
それよりも、あなた方が次にどうするかが、ぼくは、気になってるんですよ。」
「それはさっきも言ったよな。」
ジェインは、ぼくを睨みつけながら言った。なんて懐かしい。昔のフィオリナそっくりだ。
我が魔剣ガンマは、人間体をとるときは、気を使って、フィオリナそっくりの姿をとってくれるのだが、あんまりぼくを睨んだりはしないのだ。
「わたしは、ドロシーを陛下のもとに、連れかえるのが、目的だ。もしそれは柄果たせたず、ドロシーが“災厄”に合流する危険があるようなら、斬る。」
「そこらへんなんですけどねえ。」
ぼくは、首を傾げて見せて、ジェインとゲオルクさんを等分に見比べた。
頭に血が上っているジェインと比べると、ゲオルクさんは冷静だ。
「それについては、話し合いが出来るだろう。場所を変えたいが、構わないだろうか?」
「……だそうだけど、そっちはいいかい?」
ぼくは、衣装を整えて振り向いたドロシーにそう言った。
「ルウエン……ルウエンなのね。久しぶり! つまりあなたは、私の意見を聞いてくれるってことね。ありがたいわ!
そこのフィオリナ人形とは、大違い!」
クワッと、ジェインの眦が裂けた。
こいつは、多少の調整は受けてても、フィオリナなんだぞ。挑発するな!
「その話し合いには、『紅蓮大隊』も参加させてもらおう。」
リヨンが、にんまりと笑った。
「街の支配を明け渡したそばから、為政者を連れていかれるのは、こまる。そんなことなら、『紅蓮大隊』は戦う。」
「そこいらの冒険者や傭兵どもが、“黒の御方”の精鋭とやり合おうと言うのか?」
ジェインは、見事なまでに満遍なく、喧嘩を売る。
さすがは、モデルがフィオリナだけの事はある。
「“黒の御方”に楯突く気は毛頭ないよ。わたしたちは、傭兵としても二流どころなんだ。」
リヨンは、へらへらと笑った。
「だが、あんたが本当に“黒の御方”のご意思を代弁できてるのかは、甚だ疑問だけどね!」
リヨンは。
その昔。
ぼくから王位継承権を簒奪するために、呼ばれた悪名高き冒険者クラン“燭乱天使”の一員だった。
いくつかの偶然が重なって、一緒に魔王宮を攻略し、その際にはフィオリナと一戦したこともある。
そのときと比べて、リヨンの腕が痛い落ちている、とは思えなかった。
顔や体に施された入れ墨は、さらに繊細に、複雑なものとなっている。
正確にいうとこれは、通常の紋章士が使う刺青では無い。
彼女の仲間、『凶絵師』と呼ばれる紋章士が筆で描き上げたものだ。故に、もっとも適した状態に描き直すこともできる。
以前にみた「戦闘特化」の紋様は、リヨンにもかなりの苦痛を強いるものだったと記憶している。
なにしろ、食事をとることさえ、出来ないのだ。
だが、それに比べ、現在のリヨンに施された紋様は、はるかに洗練されたものを感じるのだ。
「やめるんだ、ジェイン。」
ぼくは、だらりと全身のチカラを抜いたジェインに言った。
「リヨンも挑発するな。まだ話し合いの余地はある。なにしろ、世界の七人しかいない“調停者”のうち二人が揃ってるんだからな!」
「そのうち、1人は当事者だし、もう1人は、明らかに“黒”の意向を受けて動いてるのよ、ルウエン。」
ドロシーは、赤ちゃんの背中を軽く叩いて、ゲップをさせたあと、緩やかに体を揺らす。
「話し合いの間、この女の子に、エイメとサイナの面倒を見てもらっていいかしら?」
「ラウレスに? まあ、大丈夫だと思う。古竜でもこない限りは、なにがきてもお子さんを守り通せると思う。」
「まあ。ラウレスっていうのね!」
ドロシーは嬉しそうに言った。
「まさか、あのラウレスからとった名前なの?」
「名付けたのは、アデルだ。たぶん」
「ラウレスっていうのが、わたしにとっては、一番ポピュラーな竜の名前だってんだ。」
アデルは言った。
「じゃあ、この子は竜なのね?」
ドロシーは、エイメをあやすラウレスの頭を撫でた。
「しばらくの間、よろしくね。お礼はなにがいい?」
「お肉かな。」
ラウレスな真面目に言った。
「体の再生には大量の食物が必要だ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます