第122話 調停者ゲオルグの困惑

「あの、すいません。」


ドロシーは、新たに現れたオレンジの髪の美丈夫に、声をかけた。

当人は覚えていないだろうが、幼い頃になんどか会っている。そのころには、“銀雷の魔女の祝福”伝説は、まだ広まっておらず、比較的自由に旅ができたのだ。


「その髪、そのお顔、その筋肉はアデルさまですね。身内の恥にもう少しお手伝いくださいますか?」


アデルは、おお、と答えて、また無造作に、エッグホッグに近づくと、エイメの首に回されたその腕を握り。

そのまま、握りつぶした。


エッグホッグは、悲鳴をあげてのたうち回った。


わああああんっ!


エイメは泣きじゃくって、パパをなんども打ち倒した女巨人(別にアデルはそんなに背が高いわけでもなかったのだが、三歳の幼児からはそう見えたのだろう)に殴りかかった。、


アデルは、その首根っこを掴んで、ドロシーの方に、ぶん投げた。

ドロシーは、エイメをキャッチすると、非難するような目つきで、アデルを睨んだ。

「まだ、三つです。あまり乱暴な扱いはさないでください。」

「攻撃された。」

憮然とした面持ちで、アデルは応えた。

「今は、三歳の膂力だが、刃物を持っていれば相手を怪我させられる。そうならないように、教育するのは母親の役目だろう。」


エイメは、ドロシーにしがみついて泣きじゃくっている。

アデルのことが怖いのだ。実際にはアデルはエイメを、救ってくれただけで、危害を加えようとしていたのは、その父親なのだが。


「おぬしが、アデルか。」


ゲオルグが、歩み出た。


「そうだよ。あんたは? 」

「わしは、調停者のゲオルグ、と言う。」

ゲオルグの目には、アデルは眩しく映った。なるほど。王者の風格というのはこれほどのものか。

「“黒き御方”の依頼により、ドロシー殿を探しに参った。“黒の御方”は、“踊る道化師”をもう一度、立ち上げたいとのご意向だ。そのことでドロシー殿のお知恵をお借りしたい。」


「ち、ちょっと待ってくだせえ!」

エッグホッグの、いやドロシーの手下のごろつきの一人が叫んだ。

「姐さん、あんたが本当に本物の、調停者にして銀雷の魔女ドロシーだって言うんですかい?」

「わたしが別に、そう名乗った訳じゃないのよ、ラッツ。」

ドロシーは、困ったようにそれだけ言った。


「いいね、いいな。実にいい。」

「紅蓮大隊」のキャスは、くすくすと笑っんで言った。

「ドロシー殿は、これからゲオルグ殿と“黒の御方”のもとに行かれるわけだ。

なら、このアラゴンの街はわたしたち“紅蓮大隊”がすべて仕切って問題はないな!」


「好きにすればいい。」

そう、ぽつりと言ったのは、ここまで無言だった“黒の御方”ハタモト衆のジェインだった。

「わたしが、御方様から受けた命令は、ドロシーをお連れするだけだ。あとのことは勝手にするがいい。」



「待ってください。わたしはまだ、“黒の御方”のもとに行くとは言ってません…」

ドロシーは、言いかけた。

ガキッ!

その目の前で、剣が交錯する。


ジェインの抜き打ちと、それを受け止めたアデルの妙な形状の長剣だ。

体格では、アデルが勝るが、一回り細いジェインも腕力では引けを取らないのか、両者の剣は、じりじりと拮抗した。


「剣をひけ! ジェイン!!」

ゲオルクが叫んだ。

「ドロシーを殺せとの命令は受けていないはずだぞ?」


「簡単に言うな、ゲオルク。僅かにでも力を抜けば、こいつの剣はわたしを両断する。

まず、こいつから剣をひかせろ。」


「アデル殿!」

ゲオルクは叫んだが、アデルは冷笑を持って応えた。


「バカを言うな、ゲオルク。

少しでも力を抜けば、こいつの剣は、ドロシーとその子を叩き切るぞ。

奴から剣をひかせろ。」


“調停者”としては、ゲオルクは7人のなかでもっとも経歴が長い。

“黒の御方”とも“災厄の女神”とも付き合いがあるために、実際に調停の仕事も、調停者のなかでもっとも多くの調停をこなしていた。


そんな彼でもこんな場面は、想定していなかった。


アデルも。

ドロシーも。

その子どもも。

そして、ジェインも誰1人、傷ついてほしくはなかった。


「双方、引け!」


一陣の霧とともに、姿を現した“貴族”を見て、さすがのゲオルクも肝を冷やした。


西域最高位の吸血鬼。

真祖。

ロウ=リンド。


瞳はサングラスの奥に隠れ、ストールをからこぼれる口元にも、牙は見えない。


黒いタイトなセーターは、彼女の魅力的なでボディラインを顕にしていたが、みじかい髪も相まって、全体にはボーイッシュな印象すら与える。


見かけも、佇まいも、20代の女性にしか見えない。だから怖いのだ。

人間ではないのに、人間そっくりに化けるもの。



「アデル、ジェイン。双方ともに剣を引け。こんな所で戦えば、街に被害が及ぶばかりだ。」


「いやっ!!」(×2)


ロウは、頬につうっと汗を滴らせて、ゲオルクとドロシーを見やった。


「ど、どうしよう……」


知るかっ!

と、全員が思った。

ルーデウス伯爵の餌食となって、ほとんど自我を失っているはずの、シャロンの唇も、し、る、か、と動いている。


「ジェインさん。わたしが同行しなければ、殺せ、と。そう“黒の御方”に命ぜられたのですか?」

ドロシーが言った。

冷静な面持ちとは裏腹に、彼女はとても焦っている。


エイミアの下着をかえさせないと、ワンピースまで、濡らしてしまう。



「おまえは、わたしたちと来なければ“災厄の女神”のもとに走るだろう。」

ジェインは、言った。

その腕に、肩に。腹筋に。蛇でも巻きついたような人筋肉が盛り上がる。

対するアデルモ歯を食いしばって、力を込める。


大抵の鉄など断ち切るアデルの斧剣ではあるが、はるかに華奢なしつらえの長剣は、折れも、曲がりもしなかった。


「それはしない、と約束しましょう。」

「悪いが、当てにならんな。」


ぎ、ぎぎぎぎぎ。


剣が軋み、ふたりの女傑は、鍔迫り合いを続けた。


「はい、そこまでだよ。」


これもいつ現れたのか、ゲオルグにも分からなかった。

どこからともなく現れた、魔道士のマントに身を包んた少年が、両者の肩をポンと叩いた。



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