第117話 魔女暗殺計画
冒険者=ならず者で、社会の不適合者、と見なされている地域は多い。
冒険者の地位のたかいランゴバルドなどからみると、由々しきことなのであるが、そういった地域はもともと、冒険者に志願するものも、そういった、なにかと暴力にうったえて物事を解決したがるタイプの連中が多くなるのだ。
彼らが腕力を持ち出すのは、別に勝負事に拘らない。
列の順番、金の借り方、女へのモテ方、はては社会的な地位まで、本来暴力では解決出来ないものを、暴力とそれを前提とした脅しで解決しようとする。
ある程度、法の執行がしっかりしていて、治安の良い街なら、そういった連中が蔓延ることはない。
けっしてゼロにはならないまでも、そういった価値観を同一とするコミュニティのなかだけで、好き勝手をしているに留まるのだ。
残念ながら。
昨今は、治安に当てられるような腕に多少の自身があるものは、兵隊に引っ張られてしまうので、ここ、アラゴンの街では、冒険者といえば、そのまま、腕のたつゴロツキとイコールとなり、そいつらが徒党を組んでは、街を練り歩き、道行くひとや、商店に難癖をつけては、金品を巻き上げることも日常茶飯事になっている。
そんなゴロツキのたまり場(まともな街では“冒険者ギルド”と呼ばれる)に、2人連れの旅人が訪れたのは、ある日の午後だった。
昔昔は依頼でいっぱいだったコルクボードに、午後の日差しが物憂げに照りつけている。
もちろん、依頼など一件も貼られていない。
賭博場のほうは、肝心のボスが、自分がほかの賭博場で作った借金の返済に飛び回っているので、まだ、開かれてはいなかった。
ここを任されているシャロンは、ボスの情婦だった。
はっきり、そう言われたわけではないが、賭博場で働くチンピラや、酒場を使う若い冒険者から「姐さん」と呼ばれている。
ここで働きはじめたのは、三年前になる。
昼間から、酒場にたむろしているのは、傭兵団の「昼顔」だけだった。
“いらっしゃい。”
などの愛想はない。
カウンターに頬杖をついたまま、じろりと2人を睨んだだけだった。
彼女自身は、なんかの武術の心得があるわけでもない。魔法は、集中するだけであたまが痛くなるのでやめた。
だが、ボスの女というだけで、周りはちやほやしてくれる。
「2人なんだが。」
老人が落ち着いた声で言った。
シャロンは鼻を鳴らした。
「見りゃわかるわよ、じいさん。ずいぶんと若い女が好きみたいね。」
連れている女は、まだ十代だろう。
「ベッドは2階にあるわ。二時間で50ダル。」
簡素だが、革の鎧を身につけ、剣をたずさえた少女が、娼婦のはずはない。
おそらくは、老人の孫娘といったところだろう。
それをわかっていての、シャロンの嫌がらせだった。
「ベッドは、必要としていない。」
乾いた声で、少女は言った。
「わたしたちは、冒険者だ。わたしは、ランゴバルドのシエルロン。こっちは、同じくランゴバルドのオルゲ。」
「ああ、そうなの。」
シャロンは、自分の分のエールをグラスに注ぐと半分ほど一気に煽った。
この酒は栄養価が高い。あまり飲みすぎると、腹がでる。
エッグホッグは、腰の細いオンナが好きなのだ。例えば、孕んでいないときのドロシーのような。
あんな年増に負けるもんか。
そう思いながら、シャロンは、エールの残りを飲み干した。
いくも考えと逆のことをしてしまう。
「わたしにもエールをもらえないかな?」
老人が静かに言った。
そのときになって、シャロンはやっとき気が付いた。
老人のほうは、魔法使いかもしれない。
それなら、年がいっても現役でいられる。
「20ダルだ。」
老人は黙って銀貨を差し出した。
シャロンは無言で受け取って、エールを注いで老人に渡した。
「おい、釣りは。」
少女のほうが、シャロンを睨んだ。
「はあ? 出された金を受け取っただけだ。」
釣り銭の計算なんて大嫌いだった。
立ち上がろうとしたシエルロンを、オルゲ老人が制した。
「少し話を聞きたい。」
「50ダル。」
「エールの料金に含まれているかとおもった。」
「無駄口をたたくな。100ダルに値上げだ。」
「いくらなんでも喧嘩腰すぎんか? わしらは街に到着したばかりの、新参者には違いないが、別におぬしにもこのギルドにも、なんら含むところはないぞ。」
「200ダル。」
呆れたように、老人は少女を促して立ち上がった。
「話が出来るものがいる時間帯にまた来る。」
シャロンは、手を差し出した。
「金。」
「エール代なら払ったが?」
「情報料だ。200ダルだって言っただろう?」
「わしらはなにも聞いておらんが。」
「そりゃ、そっちの勝手だろう。席料とあわせて1000ダル置いて帰んな。」
勝手知ったる傭兵団「昼顔」のひとりが、そっと出口をふさいだ。
残りのものも、手に得物を光らせる。
「ギルドの看板を掲げてこんなことをやっとるのか?」
老人はうんざりした声で言った。
「シャロン姐さんに1000ダル。おれたちは、残り全部とその娘。」
昼顔のリーダーがへらへらと笑いながら言った。
「それで手打ちだ。よかったな。命は長らえたぜ、じいさん。そっちの娘のほうは、死んだほうがましだと思うかもしれねえが。」
「ふむ、」
オルゲ老人は、じろじろと傭兵たちを眺めた。
「ふむふむ。おまえら、最後に訓練したのはいつだ?」
この問いに、傭兵たちはどっと笑った。
「そういえば、最近は飲み比べしかしてねえなあ。」
「そうか。最後に戦ったのは?」
「いまだよ、いま。」
ひとりが苛立たしそうに怒鳴った。
「頭でもおかしくなったのか、じじい。俺たちの機嫌を、損ねるなよ。そこの娘がどうなるか。」
「ほう? なにか変わるのかね?」
「そうだなあ。ご機嫌をとっておけば、俺さまの剣を咥えるだけですむが、怒らすと両手両足をぶった切ってから、咥えることになる。」
「だ、そうだ。」
老人……ゲオルグは、少女「」殺戮人形」ジェインに言った。
「そうか。わかった。」
ジェインは、剣の柄に手もかけない。
そのまま、無造作に傭兵たちのほうに歩き出した。
なにが起こったのか。
シャロンはまったく分からなかった。
屈強な(と、シャロンは思っていた)傭兵たちが少女がすれ違った瞬間に、投げ飛ばされ、両手両足ともにおかしなふうに曲げられた状態で、落下してきたあと、その口に、自分の剣の柄を叩き込まれて悶絶する。
それを7回。7人分、少女は繰り返した。
最後の一人。
出口を塞ぐために立っていた男は、あわてて逃げ出そうとしたが、老人の指から射出されたひかる触手に絡め取られた。
これも容赦なく、手足をおられた後、彼自身の剣を、これは刀身から口に突き込まれて、血を吐いて絶命した。
「すごい!!」
シャロンは飛び上がって叫んだ。
「すごい!すごい!すごい!
よし、おまえらを雇う! このギルドのサブマスター、シャロンさまが直々に、な!
手つけは、そうだな……」
シャロンは、そこらへんの紙にペンを走らせた。
下手くそな文字は、
100万ダル払います。シャロン。
と書かれてあった。
「なんだ? それ?」
ジェインが、顔を顰めた。
「し、し、知らないのか! 約束手形だ!」
無論、アキルのいた異世界とは異なるが、この世界にもそれに近い役割のものはあった。
だが、断じて、てきとーな紙にてきとーに書いただけのものではない。
「これをやる。やるから、ひとり女を頃殺してこい。あんたらの腕なら簡単な仕事だ。」
フザケルナ
と、言おうとしたジェインの口を、ゲオルグがふさいた。
「ほう? 仕事の依頼か? 引き受けてもいいが、誰を殺すのだ?」
「ここのボス! エッグホッグさまの女だ。名前をドロシーという。
以前はけっこうな腕前だったらしいがな。
いまじゃあ、二人の子持ちのただの年増女だ。簡単な仕事さ。」
「簡単と思うなら、おまえが自分でやればいい。あるいは、こんなゴロツキを手駒に使えるならいくらでもひとは雇えるだろう?」
「そ、それがなあ」
シャロンは、焦った。
「びびっちまってんだよ、この街のやつらは。ドロシーが昔、ちょっとはやれたって話をきいてだ、な。」
2人は顔を見合せた。
「つ、ついでにガキどもバラしちまってくれ。幼児に赤子だ。ほんのついでの仕事だ。」
シャロンは、魔道人形だ。いくらフィオリナを模しているとはいえ、その倫理観は人間とは違う。
それを言ったら、フィオリナの倫理観もまた普通の人間とは違うのだが。
そのシャロンの目に怒りの炎がもえた。
その肩を、ゲオルグはしっかりと抑えた。
「なるほど。
で? そのドロシーとやらはどこにいる。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます