第114話 進むための義務

ドロシーの姿を持ったものは、かつて“踊る道化師”を組織し、それを導いたはずの少年、その背後に現れた者たちを冷静に見比べた。


擬似的とはいえ、命をもたされた彼女に、残された時間はそう長くはない。

息は苦しく、目は霞んでいた。


だが、その彼女の目にも、ルウエンか召喚した少年、少女の姿ははっきりとわかる。


その姿は。

リウと、フィオリナ!!


仔細な部分は異なる。リウは、ニーサ・カーダと呼ばれた少年のような妖艶ともいえる色気はない。むしろ武人としての清冽さと野獣のような危険な雰囲気を漂わせている。

ガンマと呼ばれた少女は、ドロシーが最初にあったころのフィオリナよりもさらに幼い。とはいっても十代の、半ば、ニーサ・カーダと同年齢くらいだろうか。


体つきも記憶にあるフィオリナよりも、さらにずっとほっそりしており、恐らくはリウとそういった関係になる前のフィオリナがそうだったように、女性らしさには多分に欠けるものがあった。


くう。


喉の奥から、呻きが勝手にもれて、ドロシーの姿をしたものは、耐え切れずに雪の上に膝を着いた。


吐血した血が、白い地面を赤に染めていく。



ニーサ・カーダとガンマ。

ドロシーを葬るために、ルウエンが召喚した魔物なのだろうか。

それなら、それでしかたないが、出来れば、ルウエンには、自分の手でケリをつけてほしかった。


ドロシーの記憶とその個性をもって生まれた彼女は、死にたい訳では無かった。

むしろ、今ほど強烈に生きたい、と。いや、もともと「生きている」わけではない。「存在し続けたい」と思ったことは、なかった。


この世界を救ってくれるかもしれない。

本物のドロシーが、もしも、と思い続けた救世主が、本当に現れたのだ。

彼の作る世界が、彼女はとても見たかった。


だが、それは本物のドロシーの役回りだった。

もともと、酔狂な賢者が試作で作り上げた迷宮管理用の人造コアである彼女は、ルウエンに、彼にとって足りないものを与えて、ここから、彼を解放してやることしかできない。


さあ、わたしを壊せ。

刻の循環は、もうすぐ一巡してしまう。

わたしが失血死するのを、待っている時間はないんだ。


叱咤してやりたかったが、もう声は出なかった。


ガンマと呼ばれた美少女が、ルウエンに向かって言い放った。


「わたしは、どんな風よりも迅く、どんな刃よりも鋭く、おまえの敵を切り裂いてやる。

だが、それをなすのはおまえの腕だ。

わたしを抜きもせずに、ことを成すのは、お断りだぞ、ルト。」


ルウエンは、困ったように、ニーサ・カーダのほうを見つめた。妖しい魅力をたたえた美少年は、にいっと笑って大袈裟に肩をすくめてみせた。


「ぼくは、いかなる防御もかいくぐって、相手に致命の一撃を送り込んでやるよ。

古竜だろうが、神だろうが、大精霊だろうが、ぼくの毒で無事でいられる存在はいないのさ。

でも、それを成すのはきみの意志だよ。

意志も持たずに、呼べば何とかなるだろうって、それは虫が良すぎるよねえ、ルト?」


「る……と?」

最後の力を振り絞って、ドロシーの姿をしたコアは、囁いた。

奇跡のように声が出せた。

「それが、“踊り道化師”のリーダーの名前なのですね。

よい名です。

本当のわたしもしらないことをコピーのわたしが先に知る。

ずいぶんと愉快な話です。」


だから。


ああ。


もう声がでなかった。


霞む目に、ルウエンの姿が映る。


「わたしたちはおまえのことが好きだよ、ルト。」

ガンマの声が聞こえた。

ニーサ・カーダが続ける。

「そうだね。きみがよければ、あの星でずっとずっと一緒に暮らすてもいいよ。

なんだったら、こいつも連れていけばいい。

英雄とか救世主とか、案外苦労ばっかり多くて、身入りの悪いものなんだ。神代の昔から存在するぼくが言うんだから間違いない。」


“ルウエン、いえ、ルト。”

コア=ドロシーは、額をルウエンに押し付けて念話を送った。

“このもの達は、あなたの魔道具なのですね? よいものたちにめぐまれました。

わたしもあなたのために、役にたちたいのです。わたしを壊し、先に進んでください。”


ルウエンは。


泣いていた。


“泣くのはどうしょうもないことをしでかした後でよいのです。あなたはまだなにもしていない。すなわち、泣くことすら許されないのです。”



■■■■■■■



アデルは、目の前の岩塊に、剣を叩きつけた。

岩はふたつに砕け、破片は爆発したよつに、あたりに散らばった。


「おぉ怖っ!!」

ヘンリエッタが大袈裟に、肩を竦めた。

「女神さまの神子に無礼だろう。」

長剣を担いだ男が、ヘンリエッタを注意ひたが、彼女は舌を出しただけだった。


「申し訳ありません、アデル姫。我が弟子の教育が不充分なあまり……」

男は、アデルに、詫びだが、アデルは、いやいい、とそっけなく言った。


「言ったろ、ベルフォード。アデルは器がでかいんだ。少々軽口を叩いてるくらいでちょうどいいのさ。」


それはその通りなのだが、それでも機嫌のよくないアデルに、ロウとラウレスが近づいた。


「なんだ? 姫さま呼ばわりは気に入らなかったのか?」

からかうようなロウの口調に、アデルは、むっとしたように言い返した。

「そんなことはない。わたしは、じっちゃんとばっちゃんとこでもちゃんと姫さまたったぞ。前大公陛下の直系の孫だからな。」

そして、ロウをじろり、と見た。

「おまえこそ、途中からどこに消えていた。」


「わたしは、長生きしてるぶん、迷宮に、くわしいんだ。」

と、ロウは答えた。

「なにか脱出法はないかと、独自にあれこれしていたんだが、うまくいかない。

つまり、迷宮入りしちまっだわけだな。」

「ロウ、それはジョークにしてはつまんないと思う。」

幼女のラウレスに言われて、ロウは落ち込んだ。


「わたしたちは、個別の相手と戦い、勝つことが脱出に必要だと聞かされて、外に送り出された。」

アデルは、ぶつぶつと言った。

「気がついたら、全員揃って村の外にいた。体内でのタイムラグはゼロだ。つまり、わたしたちは何も出来なかったっていうことになる。」


「実際には、ルウエンが“閉じた刻”の迷宮コアの破壊に成功したんだろう。だからわたしたちはここにいる訳だし、」

ルーデウスが考えながら言った。


一行は、見た事のある村の入口を入り、その中心部に見覚えのあるギルド兼酒場の看板を見つけた。


看板は彼らの記憶からは、ほんの少し古びていた。


ドアを開けると、ルウエンが手を挙げて、一行に合図をした。

ギルマスらしい髭の男とカウンター越しに話し込んでいた。


「ああ、ナフザクさん。これがうちのパーティなんです。まだ非公式なんですが。

みんな! こちらはギルマスのナフザクさんだよ。いま、5年ばかり前にドロシーって名前の女性がここで働いてたって情報を教えて貰ってたんだ。年格好も含めて、ぼくらが探してる女性にそっくりなんだ、これはぜったい」


ルウエンの体をアデルは抱きしめた。


「ち、ちょっと! アデル!!」

「なにかとっても悲しいことがあったんたよな、よく頑張った。よく耐えたよ、ルウエン。」


「へんなこと。」

ルウエンは、アデルの体を捥ぎ離す代わりに、その頭に手を当てて、そっとひきよせた。

「へんなこと言わないで。悲しいことも辛いことも、ない。

やらなきゃいけないことをやっただけなんだから。」

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