第113話 魔剣たちは裏切った!

雪は。

ぼくの表情を隠してくれているはずだ。


口調だけは、冷静に。ぼくはドロシーに言った。

「きみが、負けを目止めたから、ぼくが勝ち。それでいいんじゃないか?」

「そうです。負傷の度合いから言っても、実はわたしのほうが重傷です。

わたしの攻撃は、すべてあなたにいなされてしまった。

わたしのギムリウスの糸のボディスーツの性能についても熟知されている。

魔法や斬撃には、無類の抵抗力がありますが、打撃についてはそれほどでもない。」

ドロシーは苦しそうに胸を抑えた。

「落下による衝撃などは特にそうです。落ちる先にある尖った岩もきっと計算にいれていたのでしょうね。

わたしはあなたの腱を引きちぎることに、精一杯でしたけど、あなたは落ちた先にまで、目配りしていた。」


ドロシーは咳き込んだ。

その度に、血が溢れ、それは、胸元まで濡らしている。


「あなたのようなひとが、わたしたちのリーダーでいてくれたなら。

本当はそうなのでしょう?

失われたあなた。もとグランダの王子で、リウを魔王宮から連れ出した張本人で、フィオリナのもと婚約者。」


「もう、しゃべらなくていい。」

ぼくは、できるだけ冷酷に聞こえるように言った。

「負けを認めたのなら、この空間を解除してぼくたちを解放してくれ。」

「だからそれには、わたしを殺さないと。」

血まみれの顔で、ドロシーは笑った。

「わたしがなんなのかもわかっているんでしょう?」


「わかってる!

ぼくは、超優秀で超絶カッコイイ、きみたちのリーダーなんだから。

きみは、ドロシーの人格をもって作られたこの迷宮のコアだ。

だから、ぼくたちをここから解放することも出来るはずだ。

ぼくは、迷宮主に勝ったものとして、きみに命令する。ぼくたちを解放するんだ!」


「わたしは、そういう風につくられてはいないんです。」

真っ赤に染まった唇を歪めて、ドロシーは笑った。

「ここから出るには、ここを崩壊させるしかありません。すなわち、コアの完全破壊です。」


ドロシーの姿をしたものは、言った。

動けないぼくを見つめるその目に、哀れみと……おそらくは蔑みの表情が浮かんだように思う。


「それとも、わたしに与えたダメージは、充分だと判断して、このまま、わたしが悶え苦しんで死ぬのを待つのでしょうか。たしかに、適切な治療や治癒魔法を使わなければ、死んでもおかしくない傷ですが。

でも即死、というわけにはいかないですね。わたしが絶命する前に、刻の輪が閉じてしまえば、あなた方は二度と自力でここを脱出することは、かなわなくなる。」


ああ。

と、うめいて、彼女は天を仰いだ。降りしきる雪を全身で受け止めるように、両手を開く。


「それもまた、よいかもしれません。

わたしたちとともに、ここで暮らすのもシアワセかもしれませんけど。

ここはよいところですよ。刻の輪が回転するごとに記憶もリセットされるから、退屈することも無いでしょう。

ただ、ドロシーは。

ここを創造した本当のわたしは、どこかであなたが来るのを待っています。

出来れば、彼女の望みを叶えてあげてください。

あなたも、そのつもりで旅をしているのでしょう?」


「ぼくに、きみを殺せと?」

「最初からそう言ってます。

あなたが、犠牲を恐れるばかりに、なすべきことをなすべきときになせなかった。

それが、世界の荒廃を招いたのだと。

あなたは、わたしを殺して、死体をばらばに切り刻んで、踏みにじって、唾をはきかけて、前にすすむのです。」


いや、その迄せんでも。

と、ぼくは思った。

以前、ぼくはドロシーにけっこう被虐趣味があるのではないかと疑ったことがあるのだが、どうもその疑いは間違っていなかったらしい。


「レッスンとしては、ほんの初歩ですよ。」

ドロシー、いやドロシーの姿をしたものは言った。

「わたしは、あなたの知っているドロシーの姿をしていますが、ドロシーではない。それどころか、人間ですらない。それすら、手にかけることが出来ないのなら、あなたは存在すること自体が無意味です。またとっとと、雲隠れして、どこか遠くでちぢこまつていてください。」


まえにドロシーは、少し加虐趣味があるのではないかと、疑ったこともあるが、これも正しかったようだ。


そうだ。

目の前の「これ」はドロシーではない。

ぼくは、ここから脱出して、本当のドロシーを探すのだ。

そして、“踊る道化師”を作り直し、リウとフィオリナを止める。

それは、ぼくの成すべきことで、ぼく以外にはできないことだ。


そうために、目の前のドロシーの姿をした「もの」を殺す。

ドロシーの姿をして、ドロシーの記憶をもち、ドロシーのように喋るものを。


!!!!

っ!!!


そうか。

それだけでいい。この偽物を倒してしまうだけでいい。ぼくには、成すべきことがある。

そして、本物のドロシーは、ぼくがやって来るのを待ち続けてくれている。

よし!


コロソウ。


このドロシーの姿をしたドロシーのように語る偽物を。


出来るだけ、苦痛もなく。


光の槍よ!


無詠唱で十分な魔法をあえて、心の中だけであるが、しっかりと詠唱した。


……



光の槍は、出現しない。


もっと、簡単な。

光の剣よ!


光の矢!

炎の剣!

炎の矢!

裂空斬!


ぼくは、たぶん馬鹿みたいな顔をしていたと思う。

生まれた時から側にあった魔法が使えないなんて。


ぼくも気がつかないうちに、ドロシーから、一撃をもらっていたのだろうか。

例えば先ほど、関節の取り合いと見せかけて、ぼくの魔力波動を乱す一撃をぼくに打ち込んでいた!?


ならば。


「ニーサ・ダーガ!

ガンマ!」


それは、リウからふんだくった彼の魔剣だ。絶大な魔力と特異の攻撃能力にくわえて、独立した人格をもち、ぼくに仕えてくれている。


二人は、その姿を現した。


ひとりは、薄物を羽織った妖しい美少年。もうひとりは、完璧なまでに玲莉な美貌の引き締まった体型の少女。


これはぼくには、意外だった。

これは二人が(そう、二人ともぼくにとっては、かけがえのない友人だった。)コミュニケーションをとるための仮の姿だ。

異星では、戦うべき相手もいなかったので、この姿には、慣れっこになったいたのだが。


「わたしたちをあてにしてくれるなよ、我らが主どの。」

ガンマの顔は笑みを浮かべている。

だが、その目は見たこともないほど冷たかった。

「主どのが、わたしたちにさせたいことは、断固として拒否させて貰う。」


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