第112話 魔女と魔女が忘れた少年

「猛き焔の壁。」

ドロシーとぼくの間に、燃え盛る壁が現れた。


「銀雷奥義影二つ」


壁を貫いて、出現した刃はらぼくの脇腹をかすめた。ぼくがとっさに身を捻って居なければ、胴体を刺し貫いていただろう。

これは。

ぼくが壁を作ったことで、ドロシーを見ることができなくなる。

それを狙った攻撃だ。


ひとの防御魔法を逆手にとるなんて。


戻りかける槍状の金属に、ぼくは召喚した魔獣を巻き付けた。

ぬるぬるとした皮膚をもつ蛇に似た生き物は、次の瞬間、電撃を放つ。


壁の向こうから苦悶の声がきこえた。


だが、それでも、今度は、黒い石の槍が、壁を突き抜け、ぼくを狙う。

狙いは、精密ではないにしろ、生身のぼくには充分脅威だ。


ドロシーとぼくを隔たる燃える壁は、自動で一定時間存在するものだし、いまのぼくは、まったく魔力を使っていない。

傷の治癒のための術式も、切っているのだから、魔力探知もできないはずだ。

体温での探知?

いや、間に炎の壁を挟んでいるのだ。体温など感じ取れるはずもない。


それなのに、石の槍はぼくと居場所を、突き止めて執拗に襲ってくる。


その速射性と持続性にぼくは、舌を巻いた。

ある程度質量のあるものを出現させたら、それが存在する間、魔力を削がれる。


氷や金属など物質系の矢よりも、炎の矢や光の矢を魔道士が愛用するのはこのためだ。


だが、ドロシーは、これだけの石の槍を放って、なおその勢いは、衰えない。


展開した燃える壁が消滅する時間が、やってきた。

ドロシーは、ほとんど、動かずに石の槍を放ち続けていた。槍がくる方向に彼女はいるはずだった。


ぼくは、視認するよりはやく、その方向に光の剣を投じた。

迫り来る石の槍を砕いて、それをコントロールしたいた岩のゴーレムを……。


岩のゴーレム!?

いままで、石の槍を生み出していたのはゴーレムだったのか。


ドロシー自身は。

ザっと、頭上枝が揺れた。


ドロシーは、木の上にいたのだ。


そこから、壁越しにこちらの位置を確認して、ゴーレムに、槍の射出を指示していたのだ。


気がついたときには、彼女の打撃の間合いに、入り込まれていた。


魔力を切ったぼくに、魔力を乱す彼女の打撃は通じない。

ガツン。

顎を突き上げられて、目の奥に星が飛んだ。

いや、通じるんだ。単なる打撃としては。


突きの連続から、体を反転させながらこ肘(これはかすめただけだが、ぼくの頬をぱっくり割いて言った)、裏拳、突き上げ、振り下ろし、横から弧を描く拳、体を沈めてぼくのふところを掠めるようにして、腹にもキツい打撃を打ち込んでいる。


ここまで!


ここまで、積み上げたのか、ドロシー。


最初に出会った時の、陰気な顔をした痩せっぼちの魔法士が、ここまで鍛錬し、磨き上げたのか。


ドロシー。

ぼくはうれしい。

うれしいよ。


でも、びっくりさせてごめんよ。

ぼくも体術は、相当なとんなんだ。


拳をギリギリに見切ったつもりが、ドロシーは、指を伸ばしたいた。その分、見切りは外れて、ぼくの額を彼女の爪がさいた。



飛び散る血が、ドロシーの顔にかかる。


だが、拳を抑えて後退したのはドロシーの方だった。ぼくは、彼女の手刀をぼくの頭蓋骨で受けたのだ。

どの程度鍛錬をつんだのかは、分からないが、部位の鍛錬というのは、ほとんど痛みに耐えるだけの稽古を何年も続けなければならない。

そんな非効率なことは、ドロシーはしないだろうし、その読みはあたった。


折れた指を抑えて、後退するドロシーに、踏み込もうとしたぼくは、雪溜りに足を突っ込んで、後方によろめいた。


その目の前を。

氷の刃が、通り抜ける。

当危ない危ない。

ドロシーの指は氷に包まれている。

それは、剣のように手から伸びて、踏み込みかけた、ぼくを一刀両断するために襲ったのだ。


そう。ドロシーは拳士であると同時に魔法士でもある。

拳と魔法を自在に使い分け、時としたは、それを融合する。


ドロシーの周りの雪が、巻き上がり、ぼくの視界を覆った。

風魔法ではない。彼女の氷雪魔法との相性の良さから、雪を直接的操っている。


「光の矢!!」


ほぼ、全方向に光の矢を放つ。

相手の位置を見失ったときには、けっこう有効なのだ。

数打ちゃどれか当たる。


たれば手応えがある。


そこに、魔法を追加する。


だが、今回はまったく手応えはなかった。

真下から殺気を感じ、ぼくは地面を見た。ドロシーは、寝転ぶようにして、地面すれすれのところにいた。

その状態から、足をはね上げた。


顔面をガードしたぼくの両腕ごと蹴り抜かれる。


激痛は、両腕ともだった。


これは、骨がいったかもしれない。


距離を取ろうとするぼくに、ドロシーは足を絡めて、地面になぎ倒した。


下が柔らかい雪なのが幸いした。

岩にても頭をぶつければそれで、終わりだったろうし、これはそういう技だった。

ドロシーの手がぼくの手を掴み、くるりと自分に巻き付けるように動く。


合わせて体を移動させなければ、骨折か脱臼は免れない。


雪にまみれ。

というか、雪に埋もれてぼくらは、互いの関節を取り合った。ごろり。

と転がった場所には、雪が積もってはいたが、それは伸びた雑草に雪が積もってまるで、地面があるように見えていただけで。


ぼくとドロシーは、そのまま、崖を転がり落ちた。


ぼくは、そのまま足首をキメられていた。


ブツン。


身体の中から聞こえるには、いやな音がした。

足首の健が、切れた音だった。


ひゅう。


ドロシーの呼吸音だ。

足を犠牲にした分。ぼくは受身を取れたし、ドロシーは、最後までぼくの関節をキメることに固執した結果、強く胸を打った。


拳士として。闘技者としては正しい。


だが、勝負としてはどうかな?


ひゅう。ひゅう。

ドロシーの呼吸は苦しげだった。

おそらく、肋骨が折れて、どこかの臓器を傷つけている。


彼女は。

いくら、研鑽を積み上げ、強くなっていても、もう戦えない。


「や、」

寒さと。あるいは呼吸困難から、青を通り越して、紫になりつつある顔色で、彼女は言った。

「やれることは、すべてやりました。

あなたは、まだ立っていて戦える。

わたしは、もう」

唇から鮮血がもれる。

「あなたの勝ちです。どうか……とどめを。」



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