第111話 ワタシヲコロシテ

「ルウエンはそれをどう思う?」


「ぼくがどう思うかは関係ないだろう。起こるべくしておこったことだし、誰一人不幸になってはいない。もともとのきみが、ここに閉鎖空間を築いて、リウやフィオリナからの追ってをまこうとしたのだって、ここがきみにとって不幸な場所なら、きみの分身をおかないだろうし、きみが」

「わたしはどうでもいい。」

ゆっくりとドロシーは、振り返った。

「あなたはどう思う? わたしが、バルディに抱かれることを。」


「ぼくがどう思うかは」

「もし、それが嫌なら、声に出してはっきり嫌だと言うべきよ。

そして、わたしを止めればいい。

バルディはあなたにはなにも関係がない。彼を救おうが救うまいが、ここは、閉ざされた別空間、本当の彼はいま騎士団副長をして、名声と富、おそらくは幸せな家族にもめぐまれている。

あなたがもし、わたしと彼との行為が嫌なのなら、そう意思表示をするべきだ。

怒ってもいい。力づくでもいい。

わたしを止めるべきです。」

「いまの状況とそれは・・・・」

「関係はある。

わたしはあなたに、言った。

わたしたち“踊る道化師”の優しきリーダーは、彼自身には耐えられないようなことが、起きたとき、だまって姿を消すことを選んだのだ、と。」

「リウとフィオリナが愛し合ったことを? それを気にして、ぼくがすべてを捨てて逃げ去ったと?」


ぼくは、珍しく、怒っていたのかもしれない。ぼくが逃げたのではない。ぼくはぼくという存在を皆の心のなかから消されて、何百万パーセク離れたどこかの惑星に島流しにあっていたのだ。

相対的な位置関係がわからずに、転移もできなかった。

帰ってこれなかっただけで、帰らなかったわけではない!!


でも。

たしかに、ドロシーの言葉には、突き刺さるものがあったのだ。たしかにぼくは、辛かった。フィオリナがリウを愛していることを。リウもフィオリナを愛していることを。

ぼくは、そこから逃げたかった。確かに、肉体をもって物理的にはるかな距離に放置されるというのは、死ぬよりも始末が悪い。

だったら、死ねば? 死ねば良かったんだ、ぼくは。

死んだら、おそらくは生まれた世界の輪廻に戻れる。ぼくはたぶん、意識を保ったまま転生できる。そのほうが、ずっと早く戻ることができる。

どうやって死ぬかって? そこはそれ。ぼくの手元にはリウからかっぱらった二本の魔剣があった。これならぼくを十分に殺し切ることができる。

そうして、少しでも早くこの世界に戻ることが、世界のためにはよかったはずだ。

だが、ぼくはその方法をとらなかった。

なぜ?

ああ、転生のリスク。死への苦痛。いやいや、そんなものより、まずは、フィオリナとリウの幸せな姿をみたくなかったからだ。


「わたしが、言ったことを覚えていますか? わたしたちのパーティリーダー。」

「ぼくがもっとワガママになれと?」

「言い方は悪いですね。たしかにワガママという言葉で括れることは括れますが、わたしの言いたいのは、なにかを犠牲にしても突き進むための力です。

あなたに欠けているものです。」


雪が激しくなってきた。


「あなたが逃げ回っている間に、西域は、ズタズタになりました。多くの国家は滅び、難民は盗賊となり、街や村が焼かれ、それでもなお、魔王による統一が完成すればマシだったのかもしれません。ですが、魔王と魔王妃の仲違いで、すべてはご破算。」


ほんの目と鼻の先にいるドロシーの姿が霞む。


「あなたが対決を避けたために、魔王を迷宮から出してしまった。あなたが行動に出なかったために、あなたの婚約者は破壊神となり、災厄をふりまいた。あなたが、犠牲を恐れたから、世界は戦火に包まれた。」


それには、断固抗議するぞ!

どう考えたも、ぼくのせいじゃなくて、フィオリナとリウのせいだろう。

そう言ってやる!

だが、ここで、ドロシーにではない。

あの二人に直接言ってやるんだ!


「ここから、あなたが脱出する方法はただひとつ。」

ドロシーは、自分の手で自分の胸を指さした。

「わたしと戦って、わたしを倒しなさい。ただ単に戦闘力をうばうのではありません。完全に滅ぼすのです。殺し切るのです。できますか、あなたに。」


ぼくはまったく無意識に炎の剣を紡いでいた。それを自分の左の方向に発射した。爆音。

だが、雪の巨人の拳は、すべてが消滅せず、残った質量は、ぼくに叩きつけられた。

竜鱗の防御。

だが、体が弾んで木にぶつかるのは防げない。


かなりの衝撃に、枝に積もった雪がぼくの体を埋め込んだ。


その雪が。ぎしっと音をたてて硬化した。身動きができない。

竜鱗は、打撃や斬撃に対して効果を発揮するものだ。単純な絞めつけには。


ドロシーは、わらっている。

降りしきる雪の中でわらっている。

「わたしは、氷雪魔法を得意とします。こんなことをはわたしを昔からよく知るあなたには、話すまでもないでしょうけど。」


ごお。

と音がして、風がいっそう強くなった。

暗くなる視界を雪が、吹雪が埋め尽くしていく。


「雪の中で氷雪魔法の使い手と、どう戦いますか?」


雪で出来た巨人。

ドロシーはこいつを、いつの間に作り上げたのだろう。

まあ、この吹雪のなかだから、材料はいくらでもある。


雪の巨人は、右手をぼくの炎の剣で、その肘から先を失っていたが、その巨体そのものは健在だった。

身の丈は、8メトルはあった。


その巨大な足を振り上げて。


ドロシーに振り下ろした。


雪煙があがった。


振り下ろした足下に、もうドロシーはいない。


「いい加減にしてください。 どこまで、非常識なんですか!

わたしが、作った雪のゴーレムの制御を乗っ取るなんて。」


ドロシーは、跳躍した。

風の魔法を併用しているのだろうか。


その跳躍は、雪の巨人の顔のあたりにまでたった。


「あたっ!!」


その拳が、眉間に炸裂する。

そのまま、落下にまかせて、ドロシーは雪の巨人の喉元、胸、鳩尾に、次々と拳を叩き込んだ。


拳士としての技量は、落ちていない。

それどころか、体さばき、体のキレは段違いだ。

だが、ジウルがもつような圧倒的なバワーはない。


身の丈8メトルの巨大に、人間の拳が通用するものか。


「銀雷奥義七死聖典。」


雪の巨人が、内側に収縮するようにして、粉砕された。

あれは、魔力制御を乱すジウルとドロシーだけの秘拳。

ふつうの人間にはまず殴られたダメージしかこないだろう。

だか、魔法士ならば、とんでもない脱力感とともに、しばらくは魔法が使えなくなる。

そして、魔法で構築された生き物ならば。


ドロシーが、ぼくに構えるのと、ぼくが彼女の雪の拘束を解くのは、同時だった。


「流派は、銀雷拳と名付けました。」

ドロシーは、懐かしそうに言った。

そうそう、ジウルは戦う度にテキトーな名前をでっちあげて、なかなか名前を決めようとしなかったな。

「わたしの拳は、竜鱗の防御も貫き、ふれただけで、体内の魔力循環をズタズタにします。

並の魔法使いなら失神ですみますが、はたして、ここまで超絶の魔法士であるあなたは、どうなることでしょうね?」

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