第110話 バルディ救出策戦
翌朝。
バルディの姿が見えないと、騒ぎになった。
昨晩、バルディを泊めたナフザクさんは、朝起きた時にはもう姿がなかったと。
もう少し注意していればよかったと、悔やんでいた。
どっちにしても、注意を払うには、いしか酔っ払いすぎていたのだから、しかたない。
雪は、昨夜に比べると、ずいぶんと小降りには、なっていた。
だが、この村で生まれ育ったナフザクさんに言わせると、午後からまた、吹雪いてくることは間違いない。
二人の視線を受けて、ぼくは手を振った。
明らかに姿をみせないぼくの「仲間たち」を気遣ってくれている。
日が暮れてから、猛吹雪に見舞われたら、それは、むやみに強行軍するよりも、風の避けられるところで、ビバーグしたほうが懸命だ。
だが、雪か小降りになった翌朝になっても帰ってこないのは、なにかがあった可能性が高い。
「ぼくの仲間なら心配いりません。心配なのは、眠呆けて春まで冬眠を決め込まれることくらいですね。
いまは、バルディくんの心配をしましょう。」
「あんたらの仲間はそんなに凄いのか?」
ナフザクさんが、たずねたので、ぼくは素直に頷いた。
「“黒き御方”のハタモト衆に、“災厄の女神”の百驍将、それに“調停者”と“竜人”です。」
あえて、アデルのことは、触れなかった。
「俺達にとっちゃあ、おとぎ話の住人だ。だが、捜索の対象はたしかに少ない方が助かる。俺は、連中を叩き起してくる。手分けしてバルディを探して連れ戻す。」
「バルディくんは、ここにしばらく滞在していたんでしょう?
上手い具合に帰りの道を進んでいれば捕まえやすいですけどね。」
「これだけ、降っちまうと、標識や目印の置き石が埋もれちまうんだ。」
ナフザクさんは、怖い顔でいった。
怒ってるわけではない。バルディくんを心配しているのだ。
「ドロシーも、力を貸して貰えるか。ひとりでも多い方がいい。」
「わかったわ。」
ドロシーは頷いた。
ナフザクさんが、手数を集めに飛び出したあと、ドロシーはコートを羽織り、足にブーツをはいた。
身支度を整えて、歩き出す、そのあとをぼくは追いかけた。
村の出口まで、歩いたところで、ドロシーはじっと地面を見た。
なにをしているかは、わかった。
村を出たバルディくんの足跡を探しているのだが。
いまも振り続ける雪のせいで、足跡はあほとんど、消えかかっている。
ドロシーは、ぼくを振り返った。
「これから、わたしはどうなるの?」
「……どういう意味できいてる?」
「わたしは、繰り返し同じ時を生きている存在なの。わたしはその繰り返しの記憶はあるけれど、わたしの記憶は、吹雪が酷くなってくるなか、バルディを探して雪山をさ迷ったところで終わってる。」
「なるほど。」
「わたしは、バルディを見つけられたのかしら、ルウエン。」
「ぼくがここの話をきいたのは、他ならぬバルディ本人だからね。」
バルディが助かったのだ、とわかって、安心したように、だが慎重に彼女は、消えそうな足跡をたどりはじめた。
「わたしが、彼を助けたのかしら。それともだれかほかの者が? あるいは自分で下山できたとか。
途中に避難用の山小屋もあるから、あり得ないことではないけど。」
「彼はいま、伯爵直轄騎士団の副団長だ。嫡子だから当然、というわけではない。自分自身で戦果をあげた若き英雄さまだよ。」
ドロシーは、立ち止まって振り向いた。
頬が赤くなっている。
「あの、それはその・・・・」
「世間で広まっているところの“銀雷の魔女”の祝福なんだろう、と本人は思っているし、まわりもそう思っている。」
ドロシーは、はあ、とため息をついた。
白い息が広がってすぐに消えた。
「わたしはそんな特別な力なんてないんだけど。」
「まあ、偶然なんだろうけど、きみが付き合ったものたちで、そのあとに成功したものが多すぎる。
たとえば、拳聖ジウル・ボルテック、たとえば、カザリーム魔道評議会ドゥルノ・アゴン議長、たとえば、銀灰公国の皇配ゴーハン卿、たとえば・・・・」
「ち、ち、ちょっとやめて!」
ドロシーは、耳をふさいでしゃがみこんだ。
「なんで! ルウエンはわたしのことはなんでも知ってるの? ジウルやドゥルノはともかく、ゴーハンとのことは、秘密だったのに。」
そのまま、恨めしそうにぼくを見上げた。
「あのね、わたしは別に求められれば誰にでも体を開く、そのなんていうか・・・・軽い女ではないんです。」
「わかってる。」
ぼくは手を差し伸べて、ドロシーを起こした。
「たいだい、きみが惚れるのは大きくわけて二パターンだ。きみの才能を正当に評価してくれる力のある者か、またはきみがいないとどうにもならないどうにもならないヤツ。」
「ルウエン。」
ドロシーは、ぼくにしがみつくように、手を回した。
「あなたはわたしのことをなんでそんなによく知ってるの?」
「そりゃあ、有名人だからね! 元“踊る道化師”の一員で、世界に七人しかいない“調停者”。でもきみはぼくのことを知らないでしょ?
世の中ってそういうもんだから。」
ドロシーは、ぼくから体を離すと、また歩き出した。
今度は、あまり足跡を正確に辿ろうとはしない。
いずれにしても、バルディが助かることはわかったので、ある種肩の荷がおりたようだった。
ぼくはその背中を追いかけた。
村は次第に遠くなり、道は険しく、坂は急になっていく。雪はまことにいやらしく降り積もっていて、うっかり道だとおもって足を下ろすとそこは、草につもった雪だったりする。斜面を転げて足でもくじけば、村から半時間あるいただけのところでも遭難確定だ。
途中何箇所かで、ドロシーは立ち止まり、ぼくにはなんの変哲もないように見える雪溜まりを、風魔法で払った。
道案内の標識や、目印の要石はたしかにことごとく、雪に埋もれていた。これでは、道に不慣れなバルディくんは間違いなく迷う。
「わたしは、結局は、バルディを見つけるの?」
「そう。ただ、それは吹雪も強くなった夕暮れ間近。ふたりは避難小屋に難を逃れる。外は猛吹雪。こんなときに互いの体温で温めあうのは、常套手段だし、バルディくんは16歳。きみは女盛りだし、まあ、なるべくして、ことはなった、ということだよね。
それを“祝福”と呼ぶのは世間の勝手だけれども。まあ。」
ぼくは肩をすくめてみせたが、先を歩くドロシーに見えたかどうか。
「初体験としてはこの上なく、素晴らしいものじゃなかったかと思う。」
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