第109話 昔ばなしをなぞること

酒は、最初はアルコール度数の弱いエールから始まった。

顔見知りのぼくにも、一緒に呑まないかのとのお誘いが回ってきた。


「パーティのみんなはどうした?」

声をかけてくれたのは、パーティリーダーの髭面おっさんで、名はナフザクと言う。


「出かけてますよ。この辺りの調査と、山越えルートの確認ですね。」


ナフザクさんは、なにか言いたげに、ぼくを見つめていたが、

「あのちびっこいのも、か?」

と、尋ねた。


「ラウレスのことですか?

あの子は竜人なんで、体力は、普通の人間の比じゃありません。

それに、野山で暮らしてたらしくて、山を駆け巡ったりもお手の物です。」


じっと考えていても、これ以上ドロシーと突っ込んだ話も出来なさそうだし、ぼくは、みんなの祝賀会に同席させてもらうことにした。


乾杯が、何度か繰り返され、焼いたソーセージや、バイ、山菜をいためたものなど、次々と料理が運ばれてくる。

ドロシーは、踊るように、走るようにテーブルからテーブルに移動し、お酒を継ぎ、ときどきは乾杯にも付き合った。

よくしたもので、冒険者の何人かが、自ら調理場にたって、焼き物や、煮物の下ごしらえを手伝った。


いつしか、日も落ちてランプのヒカリが眩しく感じられた。

何十回目かの乾杯と、7周目の自慢話が佳境に入ったところで、突然、怒号が響いた。


「春先まで暮らす家ってどういうことだ!?」

ドロシーに食ってかかっているのは、のちの英雄バルディだ。だが、この時点では、ぼくと歳も変わらぬただのバルディくんだった。


「だから、吹雪始めたら旅なんてとても無理よ。」

困った子どもをあやすように、ドロシーは言った。

「雪が降り始めると、行商人も来ないし、狩りも採取も出来ないわ。春までここに留まるしかないの。」


「わたし、は。」

バルディくんは叫んだ。

「年が変わるまでに、故郷に入らなければならない。軍役が、決まってるんだ!」



「旅は、無理よ。」

冷淡かつ、断定的にドロシーはそう言って、バタンと窓を開いた。凄まじい吹雪が飛び込んできて、何人かが悲鳴を上げた。


「ね?」

彼女は、急いで窓を閉めると、にっこりと笑った。

「こういう、ことよ。」


バルディくんは、飲みかけのエールのグラスを置いて立ち上がった。

いったん、2階に駆け上がると、大きな荷物を背負って降りてきた。


「おいおい、どこに行くんだ?」

そのまま、店を酒場を出ようとしたバルディくんを、パーティリーダーのナフザクさんが止めた。


「山は無理だぞ。自殺行為だ。」

「なら、仕方ない。故郷に帰る。」

「そっちも、おすすめできないなあ。理由はおかみさんの、言った通りだ。」


バルディくんは、がっくりと項垂れて、リュックを床に落とした。


「吹雪が止むまでは、無理、か。」

「正直、一度吹雪はじめると、何日かは止まないのよ、ここの吹雪は、ね。」


ドロシーが言った。


「食べるものは充分にあるから、春先までゆっくりしたいきなさい。」


「で、でも。軍役が!」


「軍役が嫌で旅に出たんじゃないの?」


この一言に、バルディくんは激昂したようだった。

言葉にならない怒声をあげて、彼は、ドロシーに掴みかかった。


止めるか?

ぼくが、腰をうかすまもなく、ドロシーは、バルディくんと体を入れ替えるようにして、バルディくんを投げ飛ばしていた。


ごぎっ。


いやな音がする。

ああ、コレは肩が外れたか。


バルディくんの悲鳴は店中に響いた。


折れたのか?

冒険者の誰かが、慌てた様子で叫んだ。

「外れただけです。大げさな。」

慣れた様子で、ドロシーは、またバルデイ来んの、肩を掴み、ズレた骨をはめ込んまだ。


痛みにのたうち回るバルディくんをドロシーは冷ややかに見つめた。


「西域全土は大騒ぎよ。」

若おかみは、言った。

「若いものは、どんどん兵隊に取られて、戦いにむかってる。ひとりくらい例外はいてもいいのよ、バルティ。」


「わたしは、貴族の嫡男なんだ!」

バルディくんは、叫んだ。



「わたしのところでは、もっと幼い頃から、兵士の見習に招集されている。

わたしひとりが軍役を逃げ出すことなてありえないんだ!」


「くだらないわ、バルディ。」

ドロシーはきっぱりと言った。

「強力な力をもつものが、千の軍無双してしまうのがこの世界よ。あなた方、一般兵のやることって知ってる?

街を焼いて、武装してない一般市民を殺したり、金目のものをうばったりするのが仕事よ。そんなものになりたいの?」


「それでも」

バルディくんは座り込んだまま、すすり泣いた。

「わたしだけが、逃げ出すことは出来ないんだ…どのみち…五体満足で兵役を終えられるものは、5人に1人だ。だから、魔女の『祝福』が欲しかったんだ。」



「まったく!」

ドロシーは、バンパンと手を叩いた。

「今夜はもうお開きにしましょう。

何日かして、吹雪が止んだら、ふもとまでわたしが送ります。」


なるほど。


食器を、片付けたり、意地汚くグラスに残った酒をすすったりしている冒険者たちを手伝いながら、ぼくは思った。


なるほど。こうして、バルディは、ドロシーの祝福を受けたのか。


それは、バルディ副隊長からきいた話をすっかりなぞっていた。

もう、この村にはいられないと、考えたバルディくんは、翌日、一人こっそりと村を離れ、道に迷って遭難しかけたところをドロシーに救われて……。


祝福を授かるのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る