第106話 脱出をかけた闘い
そのあと、トドメをさそうとするベドフォードに、我らがルーデウス伯爵が敢然と立ち向かった。
ベドフォードは、全く慌てることなく、牙をむいた吸血鬼に対処した。
最初の一撃で、左肩から右越しまで。
いわゆる袈裟懸けに深深と切り裂かれ、、返す剣は、首をほとんど両断し、落ちかけた首をルーデウス閣下は両手で支えた。
その腕をも撥ねられたので、ルーデウス閣下の首は地面に落ちた。
落ちた目の前に、足首があったので、噛み付いた、のだという。
血を吸うための噛みつきではない。
骨ごと砕くための噛みつきだった。
ベドフォードが、冷静に剣を振り下ろして、ルーデウスさまの顎を砕いていなければば、そうなっただろう。
足を負傷したベドフォードは、そのまま退却した。
「すごくいい戦い方じゃないですか!」
と、ぼくが褒めると、ルーデウス閣下は、頬を赤らめて、照れた。
「今のっていい戦い方なのか?
こちらは、ひとりが腕を、もうひとりは首を跳ねられてるんだぞ?」
アデルが不満そうに言った。
「この見えて閣下はすごい再生力を持ってるんだ。刀傷くらいでは、ルーデウス閣下には、大したダメージにはならない。ベドフォードも自分のもっている装備では、閣下を殺しきれないと判断したんだろう。だから、退却した。」
「ずいぶんと、貴族の生態に詳しいのだな、ルウエンくん。」
愛想良く、ゲオルグさんが言った。
「貴族にしりあいでもいるのかな。」
「いますよ。ロウとルーデウス閣下。」
「ロウ=リンド殿とはどこで知り合った?」
「カザリームですね。」
「魔王宮のなかでは、なくて、かな?」
ゲオルグさんは、ぼくをじっと見ている。ぼくも見返した。
ゲオルグさんは、ウィルニアに似ている。かつて老人だったボルテック卿にも似ている。
悪い人間では無い。
無いのだが、真理の追求の前に大事なものを放り出してしまった人間の目をしていた。
「ゲオルグのいまの視線は、けっこうな力のある邪眼だけど、なんとも感じないのか、ルウエン。」
ロウは楽しそうに言った。
「全く力が伝わらん。」
ゲオルグさんが不満そうに言った。
「おまえが、踊る道化師のリーダーであろうがなかろうが、ほっては置けんな。黒も災厄も血眼になって自分の陣営に欲しがるだろう。」
「ゲオルグりわたしたちの目的は、銀雷の魔女を捉えることだ。」
ジェインがマトモなことを言った。
「それ以外の目標を追い求めるなとは、言わないが、まずは銀雷の確保を最優先してほしいものだ。」
「わかっておる。」
ゲオルグさんは、ドロシーのほうを向き直った。
「話がある。」
「はい、ご昼食ですね。シチューとバンでしたら、すぐにお出しできます。」
ゲオルグさんは、少しうなってから、じゃあ、それも、と言った。
「はい、すぐ支度いたしますね。」
安らかな寝息を立て始めたヘンリエッタの傍から、ドロシーは立ち上がった。
「ルウエンは、気がついておろうが、ここは、一定の刻を循環する閉鎖空間師じゃ。
約5年前のある期間をコピーして作られた。」
キッチンにむかうドロシーの後ろ姿を眺めながら、ゲオルグさんが言った。
「刻の輪が閉じる前に、ここから脱出しなければ、我々はここに、閉じ込められることになる。」
「そのためには、この世界の『防衛装置』を破壊することだと、あいつは言った。」
ジェインが、気短そうに舌打ちをしながら言った。
「ここに、取り込んだ『力を持つ者』たちがそのキーとなっているらしい。なんのことかと思ったが、行方不明になっていた百驍将から、ヘンリエッタが攻撃を受けたとなると、話がわかる。」
ゲオルグさんは、とってのついた大鍋を運んできたドロシーに、声をかけた。
「ベドフォードのような物は、あと何人いるのだ?」
「ドロシー、答えなくていい。」
ぼくは冷たく言った。
「ルウエン!」
「まず、その土鍋をテープルに下ろしてからだ。熱々のシチューを食べさせようとしてくれるのは嬉しいけど、そのまま、問答を始められては危なくてしょうがない。」
ドロシーは、ぼくの指示に従って、鍋をおいた。蓋をとると、まだ鍋はグツグツいっていた。それをスープ皿にとりわけながら、ドロシーは言った。
「5名、でしょうか。」
「そいつらを全員倒せば、ここから脱出できるのか?」
「そうねえ、全員倒さないと脱出は無理です。」
シチューは干し肉に根菜類がたっぷり入っていた。
「しょく、食事をしながらする会話なのか!!」
おっと、ルーデウス閣下。これはすまなきい。
「ドロシー、赤ワインはある?
一応、赤っぽい飲み物ならなんでもいいから、傷んでいても気にしない。」
「村で試しにつくってみたのがあります。でもほとんどお酢ですね。失敗作です。」
「捨てないでとってあるんだ?」
「お酢として調理に使ってます。」
「それでいいから、もってきて。」
ドロシーは、にっこり笑って、はい、リーダーと答えた。
ぼくは、否定も肯定もしなかった。
ゲオルグさんが、じっとこっちを見ていたから。
「あと、二日で刻の輪が閉じる。」
ゲオルグさんは、ドロシーを見ながら言った。
「そのものたちと、わしらを戦わせることは、できるか?」
「お望みとあらば。」
ドロシーは、パンを盛った籠をテープルの上に置いた。
「明朝、みなさんは、別々にここをおでかけ下さい。それぞれにふさわしいものが相手をいたしましょう。」
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