第103話 真実と静かなる魔女
「ここは、循環する刻のなかにのみ存在する異世界。」
「さすがです。」
ドロシーは、信じられないことに目頭を拭った。
「本当に。わたしが、こんなひとがいてくれたら、と思ったリーダーそのままの方です、ルウエンさんは。」
「なら、次の質問にも答えてくれ。こここを作ったのは誰だ?」
「次の…わたしの攻撃を凌いでみせてから、です。」
ドロシーは、すうっと腰を落とした。
「魔法による力押しはあまりにも分が悪そうなので、搦手を使わせてもらいます。」
そうだ。
拳技プラス魔法が、ドロシーの本来の持ち味だった。
ひるるっ。
するどい呼吸とともに、ドロシーは手刀を振り下ろした。
間合いに遠い。
だが、その腕は、長大な氷の剣と一体になっていた。
ぼくは、竜鱗の盾を形成し、それを防ぐ。剣は、盾にあたって砕けた。
ガラスでも割ったような細かい破片が飛び散る。
ぼくは、脇腹と肩、肘に鋭い痛みを感じた。
氷の剣の破片が、ぼくに突き刺さっていた。
氷の剣は、そのまま切りつけるのが目的ではない。
折れた剣の破片を操り、死角からぼくを攻撃させるのが目的だったのだ。
術式を真似ているものの、ぼくの竜鱗は、竜と違って、自然に身体に備わっているものではない。全身を覆ってしまうより、「盾」として、必要な部分に展開する。
そこを、つかれた。
とびちった破片は、後ろからや足元から。
ありえない角度で、ぼくを攻撃してきた。
刺さった破片は、自らの意思を持つように、さらに傷口を抉り、ぼくの身体に入りのこもうとしていた。
ぼくは、その術式を観察し、解析して、制御を、彼女から奪い取った。
氷の破片は。
消滅した。
刃物が消えたあと、傷口からはさらに鮮血が吹き出た。
咄嗟に急所ははずしたつもりだったが、大きな血管を傷つけてしまっまたらしい。
ドロシーは追い打ちをかけようとはせず、逆に、傷を心配するような表情を浮かべて見せた。
「恐ろしい。ほんとうに恐ろしい魔法使いさんですね。一瞬で私の魔法のコントロールを奪取したというのですか。
全く…わたしから一方的に攻撃できる設定にして置いて良かったです。」
彼女からの攻撃を凌いたら、こちらからの質問に答える。
それを提案したのは、彼女自身だ。
つまり、そのからすでに、彼女の術中に陥っていた…ということか?
「そうかな。銀雷の魔女ドロシーの攻撃は、体術と魔法を組み合わせた連続攻撃のはずだ。
単発の攻撃じゃ、その本領を発揮できているとへ思えない。」
「まあ」
と、ドロシーは、嬉しそうに手を打ってはしゃいだ。
「銀雷の魔女を知っていることを、自分でお認めになるんですね?」
「そりゃ、そうでしょ。世界に7人しかいない『調停者』のひとりなんだから。」
しぶといな、こいつ、という顔を、ドロシーはした。
ちなみに、それはどんな顔だ、というと説明しにくい。ドロシーとぼくはそれなりに一緒のときをすごしていたし、仲は結構よかったのだ。
「質問をとうぞ。それともやめて止血をいたしましょうか?」
「あとは、ここを作った者と、その目的くらいだ。」
「それを最初になぜ、なさらなかったのですか?」
「戦っているうちに、答えが知れるような気がしていたので。 」
単純な圧迫止血では、止まるような量ではなかった。
それに傷は3つあってその内のひとつは腕だ。つまり抑える手段が足りない。
「わかりました。」
ドロシーは眉をひそめた。
「ふたつともにお答えして、傷を手当いたしましょう。
まず、ここを作ったのは、わたしです。正確にはオリジナルのドロシーですね。」
「空間操作の魔法は、人間の魔道士には高嶺の花だと思うけどな。」
「そうですね。いくつかの宝具の助けは借りました。
もちろん、もともとのミルラクの村はいまも存在していて、ここと重なり合って存在しています。
ここを訪れたものが、リウくんのハタモト衆や、フィオリナさんの百驍将だったときに、罠は開き、彼らとその同行者をこのいつわりの刻のなかに誘い込みます。
ここは、体感でひと月ほどで、刻が循環する閉鎖空間。もし、刻が1巡してしまえば、訪問者もまたこの空間の一部となり、永遠にここに留め置かれることになります。」
「恐ろしいことをするな!」
「そうでしょうか?」
ドロシーは首を傾げた。
「別に命を取られる訳でもない。ここは自給自足の暮らしかできる山村。季節は冬のはじまる直前。獲物も木の実などの食べ物も豊富な時期です。それは大都市ほどに料理のバリエーションは少ないでしょうが。」
「衣服は!?」
「ひと月で、刻が循環してしまうので問題になりませんね。」
ぼくは、ふいに気がついた。
「それをなぜ、ぼくに話す!?」
「また、質問ですか。いいです。サービスですよ。」
傷の手当もしたいですからね、といつむて、ドロシーは、ぼくに近寄ると傷口に手を当てた。
光の明滅が傷口を覆っていく。
「攻撃には氷魔法をよく使いますが」
と、独り言のように彼女は言った。
「わたしは、治癒の魔法が一番愛称が良い気がします。」
痛みが安らいで、出血も止まっていく。たしかにいい腕前だった。
「これはわたしの妄想です。」
独り言をいうように彼女は言った。
「わたしたち“踊る道化師”を求めてくれるリーダーの不在は、私を悩ませておりました。
リウが立ち上がり、西域の覇者になりかけて、フィオリナがそれに反旗を翻した時。かれらを諫めてくれる存在をわたしは強烈に追い求めました。
ゲオルグの『忘れられたリーダー』説を知った時に、わたしも同意しました。というより、その信者になったのです。彼は自分の説を証拠だてるために、努力を惜しみませんでしたが、わたしは少し違います。
わたしの中では、そのリーダーは、もはや確実に存在したものとなっていました。かれがなぜ、姿を消したのか。
わたしたちを見限ったのか。あるいは敵対するものに拉致され、動けないでいるのか。あるいは、私たちの元にいられないなにかが生じたのか。
わたしは悩みました。そして、彼がいなくなったのは『彼』にある素養が欠けているからだ、という結論に達したのです。」
「妄想に基づく推論だけど、面白いね。」
と、ぼくは言った。
「なら、それは何なんだろう。」
「意志の力、ですね。」
と、さらりとドロシーは答えた。
「といっても、悪い意味での意志の力です。たとえばリウくんやフィオリナさんが発揮するような。
己が望むもののためなら、犠牲を払ってでも進むという意志の力です。」
「随分と優柔不断なリーダーだったんだな。」
ぼくは笑って見せた。
「踊る道化師を率いるリーダーは、そんなやつだったんだね!?」
「配下が、魔王に破壊神、神獣、真祖、邪神に神竜ならば、リーダーの役目はむしろ調整者に近いものになるでしょう。」
ドロシーは、ぼくの反論が最初からわかっていたように言った。
「だから、わたしの言う意志力はただのワガママ、あるいは、意思の欲するがままに、必要ならば大事なものをも踏みにじる残酷さと表裏一体のものとなるのでしょう。
彼にとって、どうしても我慢できないことが起こったとき、彼は自分の大切な者たちを排除もその行動を禁じることも出来ずにだまって身を引いたのだ、とわたしは考えます。」
ぼくは問い返すのを少し躊躇った。
「あるとすれば、それはなにがキッカケになってんだろうね。」
「リウくんとフィオリナが、愛し合うようになったことです。」
…
ハズレ。
大ハズレだよ、ドロシー。
ぼくは、『世界の声』に拉致されて、ざっと百万パーセクばかり離れた異世界に放置されていてんだし、リウとフィオリナがやらかしたのは、その前の年のことだ。
しかし。
それは真実に近いものを含んでいたので、ぼくは黙ってしまった。
「次の質問に答えましょう。」
「まだ、質問してないけど」
「ここから、脱出する方法については、いまのわたしの話しがヒントになります。ちなみに、あと三日で、この山中に雪が振り始めます。そうしたから循環の輪は、とじてしまう。
もう二度と、自力ではここから脱出することは叶いません。」
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