第102話 静かなる魔女との対決
ドロシーの姿をしたものは、両手を前に組んで、静かにお辞儀をした。
場所は、渺渺と風吹き渡る荒れ野。
ときは、何時だろう。
充分な明るさはあれど、けっして昼までは無い。
太陽が沈んだあとに、わずかに訪れ薄暮の時間。
「我が“有り得ない刻”にようこそ。 」
「ほんものの、ドロシーではないにしろ…」
ぼくは苦々しい気持ちを抑えながら言った。
「きみは、ドロシーそっくりに見える。いや、ドロシーそのものに。
おそらく、ここが作られたときのドロシーを正確にコピーしているんだろ?
ここを作ったものと、その目的はなんなんだ?」
「ひとつ、凌ぐ度に一つ、お答え致しましょう。いかが?」
「それでい」
「い。」まで言い終わらないうちに、氷の礫がきた。
無詠唱は、以前のドロシーでもやってのけただろうが、まったく違う会話をしながら、魔法を構築する技術は、雲泥の差だ。
同時に作り出す個数は以前は、せいぜい十個。
今回は、百を超える。
かわしようもない礫の嵐は、ぼくが立ち上げた煌めく障壁にことごとく弾き返された。
「さすが・・・・」
ドロシーに似たものはうめいた。
「それだけのエネルギーでこれほどの耐久力をもつとは。これは、竜鱗を応用したものでしょうか。」
「質問するのは、ぼくの権利だったけど?」
「ああ、そうでしたね。」
楽しそうにドロシーは笑った。
「ここを作ったのが誰か?
と
なんのために作ったのか?
ですか。どちらからお答えいたしましょう。」
ぼくは、すぐには質問しなかった。
質問するなら、少しでも情報を引き出したいからだ。
だが、相手はぼくのことをよく承知しているようで、すぐに質問を促してきた。
何を欲しているかを予測して先手を打ってくるところなんかも、まったくドロシーだ。
あれは“あり得ない刻”なのか? それともこれも現実なのだろうか? ……そんな筈はない……では・・・“あり得ない刻”とはなんだ?……現実の時間と非現実の時間が入り交じって・・・いや、そうじゃないな・・・これは、誰かが作った過去の“現実”なんだろう・・・つまり、ぼくたちは、一種の夢魔の術中に嵌っているのだろうか。
ぼくは、一呼吸置いた。
そして質問した。
この期に及んでも、ぼくはドロシーそっくりのそれに殺気を感じていなかったのだ。
だから、こういう聞き方になったのだろう。
ぼくにとって、これほどやりにくい相手はいなかったから。
それは、こんな質問だ。
……きみは……誰だ? と。
その答えが返ってきた。
「あなたの思った通りの者です。」
と。
「なるほど。きみは、過去に存在したドロシー自身というわけだ。なら、誰がそれを作った?」
「おっと。」
晴れやかに魔女は笑った。
「質問はひとつずつです。」
……ああ、そうか……そういえばそうだったな。
ぼくとしたことが、すっかり忘れていたよ。
それに、確かにそうだ。
これは、なにものかの作った循環する輪に閉じ込められた閉鎖空間。
なら、質問は慎重にしないとな……。
このドロシーが本物であるはずはないしんだし。
ドロシーの周りに、氷の矢が浮かんだ。
数は32本。
氷の矢、そのものは初歩の魔法だ。無詠唱も同時射出も、ぼくの知るドロシーならやってのけるだろう。
だが。
氷の矢は浮かんだまま、ゆっくりと旋回を続けた。
「魔法の二重がけ? なるほど衝撃と魔法の二重打撃で、竜鱗の障壁を破る、と。」
ぼくは、少し驚いた。
古竜たちは、この世界、少なくとも西域と中原からは、ほぼ姿を消している。
二重がけの魔法は、威力は増すが、当然、難易度は跳ね上がり、魔力の消費も単純に二倍では済まない。
こんな魔法を開発し、行使するよりも、例えば、最初につかったような初歩の魔術の同時発動、さらに威力をあげるならば、上位の魔法を使ったほうがいい。
この魔法は、まるで竜鱗による障壁を破るために開発されたような、それ以外には目的が考えにくい魔法だ。
とすれば、この竜鱗を模した防護障壁は、ある程度、高度の術者にとっては一般的になっているのかもしれない。
やれやれ。
ぼくにはもう少しこの世界の観察のための時間が必要だったのだ。
そのために、ランゴバルドの冒険者学校に転がり込もうと目論んだ。
もし、ルールス先生やネイア先生と会っても、どうせむこうはぼくのことなんて、覚えてないんだし。
そこで、アデルと会ってしまったのはいかなる運命なのか。
「対策を講じなくていいのですか、ルウエン。これは、竜鱗を破壊するために考案された魔法です。」
ドロシーは手を振り下ろした。
螺旋の輝きをまとった氷の矢が、ぼくに向かって殺到する。
そして。
同じ輝きをまとった氷の矢に、迎え撃たれてすべて消滅。
ドロシーは呆然としたように、それを見守った。
「わ・・・・たしの魔法を見た瞬間に解析して、まったく同じものを構成して、相殺させた!!・・・・。」
「あたり。次の質問はいいかな? 昔のドロシーさん。」
「わかりました。答えましょう。わたしたちの忘れられたリーダーさん。」
「ここは、いったいなにかな?」
「それも」
形のよい唇に、再び笑みがうかぶ。
「あなたの思っている通りです。」
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