第101話 水に濡れた冒険者は叩け
手を繋いで寝たい、と言い出したのは、アデルだった。
ベッドは狭いし、マットは申し訳程度。
あまり、くっついて寝るのもなあ。
と、ぼくは躊躇したのだが、アデルの怪力と性格は、うむを言わせずに、ぼくを寝床へと引きずり込んだ。
息のかかる距離で、ぼくとアデルは見つめあった。
「ハルトとフィオリナが婚約してたのは本当なの?」
いやだな、この子。すごいところ突いてくる。
「それは、この研究の第一人者であるゲオルグさんに聞いたらいいと思うよ。」
確かに婚約式を行ったわけでも、なにかの文書が、王室とクローディア公爵家でとりかわされたわけではない。
証言は、フィオリナを模した魔道人形のものだけだし、魔道人形が、稼働する前の記憶なんて、製作者が好きなように作れるものだからね。
「ルウエンが、わたしのお父さんに」なった可能性があるってこと?」
「ないない。」
ぼくは、アデルの顔の前で、手を振った。
「ハルト王子がぼくだと決まった訳では無いし、謎につつまれた“踊る道化師”のリーダーがほんとにいるのかどうかさえわからない。」
アデルは、笑う。
犬歯が牙のように見えた。
「でも、ハルト=ルウエンは、かなり高い確率で、ありそうよ。
そして、ハルト=踊る道化師のリーダーも。だったら、踊る道化師のリーダーは、イコール、ルウエンにならない?」
「そもそも、“踊る道化師のリーダー”は、その存在からして、ロウ=リンドに否定されてるんだぞ?
どうして、ハルトと“踊る道化師のリーダー”をイコールで結べる。
その2人になんの共通点があるんだ?」
「どっちも記憶と記録を抹消されているからよ。」
よく、注意して欲しい。
特に自分が、頭がよいと思っているやつ。
自分以外にも、頭のいいやつはいくらでもいるのである。
「ハルトは、記録を消されていないよ。ゲオルグさんが調べたように、ちゃんと学籍記録は残ってるようだし、記憶に残ってないのは、たんに忘れられているからじゃないのかな?」
「10歳で、銀級冒険者相当の実力のある天才児を!?
しかも出入りしてた冒険者ギルドは、クローディア家とも関係の深い“不死鳥の冠”。」
ぼくは、なにか言おうとしたのだと思う。
でもそれより早く、アデルの唇がぼくの口をふさいだ。
「あのね、ルウエン。」
唇を離したアデルの瞳は、輝いている。
「わたしは、クローディア家の人間なの。クローディア大公領でもう大公位は退いたじっちゃんとばっちゃんに育てられた。
でも、別にちゃんと教育を受けてないわけじゃないの。なにかの情報を隠されたわけでもない。
実質的にクローディア家が運営するギルド“不死鳥の冠”のことも、そこにいる冒険者たちの話もきいてる。
あのインキャには、なんどか迷宮探索に付き合ってもらったこともある。」
「彼女はインキャじゃない。“隠者”ヨウィスだよ。」
「そうなんだ!」
アデルは、体を押し付けてきた。
「あなたもヨウィスを知ってるってわけね?」
「鋼糸は、ぼくも使うだろ?
この流派を習得してる人間は限られるんだよ。
ヨウィスは、冒険者のなかでも、屈指の腕前だから、聞いているんだ。
むこうは、ぼくのことを知らないけどね。」
「わたしはあなたのことが、だんだんわかってきてる。」
アデルの笑みは晴れやかだった。
「それは、『ルウエン』としてのあなたを知らないって意味よね?」
「惜しいけど、違うよ。もし、機会があれば、グランダの“不死鳥の冠”を尋ねてみてもいいけど、誰もが挨拶は、初めまして、だろうね。」
ふうん。
アデルはこの話題に興味がなくなったみたいだった。
あるいは、これ以上問い詰めても無駄だと感じたのかもしれない。
「まあ、わたしは、『待つ』ことが出来るからそうする。」
そう言ってぼくに背中を向けた。
「いろんなことは、準備が整ってはしわめて行うことができるんだから、ね。」
こういうことも、ふくめて、ね。
布団が剥がれて、アデルが下着をつけていないのがわかった。
なるほど。
たしかに、ぼくもきみもまだ、準備は整っていない。
ぼくは、そっとアデルに、布団をかけ直してやってから、ベッドをおりた。
「どこに行くの、ルウエン。」
声は少し険しい。
「ルーデウスのとこなら、力づくでも止めるし、ロウのところなら、わたし泣くかもしれない。」
アウデリアさんの血族を泣かしてしまっては、世界の法則が歪むかのつせいはあったので、ぼくはどちはでもない、と答えた。
すぐもどるから。
そう言って廊下にでる。
お目当ての相手は、手に燭台を持っていた。ロウソンの光は、部屋の隅を闇にぬりこめていた。
「立ち聞きは趣味が悪い。」
ぼくは、柔らかな曲線を描く影にむ向かって、そう言った。
ギルドのサブマスター。
ドロシーは、背を向けて階段をおりる。
ぼくもそのあとを続いた。
暖炉の火も落とされて、食堂は冷え冷えとしていた。
きれいに磨かれたテーブルの傍の椅子に、彼女は腰を下ろした。
「なかなか興味深いお話でした。」
ドロシーは、そう言った。
夜目になれてきたぼくには、彼女の顔が見えた。
ドロシーは。
笑っていた。
「ゲオルグ殿と最後に話したのはいつでしょうか。」
ドロシーは感慨深げに首を振る。
陽気な若おかみの表情はそのにはなく、紛れもなく、知的で、控えめで、品の良い、銀雷の魔女と呼ばれたドロシーのものだった。
「“踊る道化師”のあまりにも急速に、わたしも似たようなことを考えておりました。もっともわたしは思考をつきつめたものではなく、実際に、黒の陛下や王妃どのとの日常的な会話を通じてではありましたが。」
ぼくは、腰を下ろさずに、ドロシーをじっと見つめた。
「きみが、本物のドロシーのはずはない!」
「そこまでお分かりになっていらっしゃったのですか。さすが、です。」
ドロシーは、ぼくの言葉をさらりと流した。
「あのお二人が、なにかをしでかす度に、わたしは思ったものでした。
…こんなときに、このひとたちを諌める誰かが必要だ、と。
そして、カザリームから銀灰への道行の途中で、ロウさまとギムリウスを失うことになったときに、気がついたのです。今までなら、誰かが二人を諌めていたはずだ、と、強く確信したのです。もし、そんな方が居なければ、踊る道化師は、そもそも存在するはずも無い。」
「きみの推論は、ゲオルグさんより、タチが悪い。」
ぼくは、言い返した。
「なんの証拠も思考も積み重ねなく、ただ、盲目的にありもしないリーダーよ虚像を作り出しているだけだ!」
「その通りですね。」
ドロシーは認めた。
「ですが、あなたを見たときに、こう思ったのです。もしわたしたちにリーダーがいたら、こんな人だったでしょうって。」
ぼくは。
なにも言い返せなかった。
言い返すコトバがなかったからではない。
村の唯一であろう食堂の空間は、いつの間にか、まわりから切り離されていた!!
そんなことをする理由は、高度な術者同士ではひとつしかなかった。
すなわち、戦いがまわりに被害を及ばせないための唯一無二の方策。
言葉の応酬はもう終わりだ。
ここからは、力がすべて推し通ることになる。
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