第100話 失われた最後のリング

ゲオルグ老は、続けた。

口調は淡々としているが、真実を追い求めるものが、真実に近づきつつあるときの高揚と不安の入り交じった、あの感情が、僅かに上気した頬、炯々と光る眼差しから、見て取れる。


ロウが、弱くなってきた光球の代わりを打ち上げた。


「ひとつ、言っておくが、わたしは何があろうが、ルウエンの味方だ。

もし、おまえが彼を追い詰めるなら…」

「わたしも、だ。」


ロウと、アデルが言った。

ルーデウス閣下もおずおずとそれに賛成する。


「安心せい。答えたくないことに無理に答えろとはいわん。

たが、そうだな。わしの言うことになにか間違いがあれば、訂正してもらってもいいだろうか。」

「ゲオルグ老。そこまで、下手にでる必要はない。まず、こいつらの戦闘力をうばって…」

「やめておけ、ジェイン。相手が悪すぎる。元“踊る道化師”のリーダーだったかもしれぬルウエンに、元“踊る道化師”の真祖ロウ=リンド、名高い冒険者ルーデウス伯爵、おまけに災厄の女神の娘アデル、だ。

さきに寝室に戻ったラウレスと名乗る小娘も、“災厄”の百驍将ヘンリエッタも当然、敵に回るだろう。

いくら、お主とわしでも勝ち目は薄いわ。」


「ヘンリエッタはともかく、竜人の小娘が…」


「アレは、竜人ではない! 人化した古竜だ!!」


さすがは、ゲオルグ老。気がついたか。

そう、ラウレスは紛れもない古竜だ。

竜王の命令で、古竜のほとんとが、竜の都に引き上げてしまった今日では、あるいは唯一の古竜かもしれなかった。


正確には、屍に宿った古竜の霊をぼくが、使えそうな断片で人型に組み替えたものに、霊を宿らせたものなのだが。


そこから少しは日が経過しているし、食べたり飲んだりする度に、ラウレスはその体を再構築しているらしい。


「ここが、閉ざされた刻の空間だかなんだか知らないけど、ブレス1バツで脱出できるね!」


アデルがそう言った。それは嘘でも冗談でもない。問題はいまのラウレスでは、ブレスは使えないだろうってことだ。


「話を続けようか。」

ゲオルグ老は、ぼくを見つめる。


「一応は勝者を次期後継者にたてると、約束だが当時の王は、エルマートを後継者にしたかったようだ。

ハルトは長子だったが、後妻となったメア王妃の実子であるエルマートにあとを継がせたかったと。まあよくあるはなしだ。

エルマートのために、ランゴバルドから超一流の冒険者である“燭乱天使”を呼び寄せた。彼らのことは、わしもよく知っおった。腕もたつが、それ以上に、悪辣、非道。競争相手となった冒険者仲間はもちろん、雇い主やギルド関係者まで手にかける。

この連中を呼び寄せたことで、ハルトとパーティを組もうとする冒険者は、グランダにはひとりもいなくなった。」


ゲオルグ老は、ぼくに笑いかけた。


「どうだ? なにか訂正したいところはあるのか?」


ぼくは。YESともNOともいわない。

もっとも、ゲオルグ老の質問は、「訂正きたいところはあるか?」だから、沈黙のまでは肯定の答えになってしまう。


「もっもと、わしが思うにはこれは当然のハンデだ。この程度のテコ入れをせねば、ハルトとエルマートでは、はなから勝負にもならんだろう。」


ぼくは、冷たくゲオルグ老を見やった。


よく調べている。


「わしは、王室の“影”から、ハルトについての護衛記録を見せてもらっている。途中から記録が廃棄されてのか、それともエルマートに注力するためにろくな記録をとらなくなったのか。

それにしても、きれいに学校の授業料と寮費しか記載のない帳簿は、卒業までの分残っていたよ。」


「王子さまでしたら、王立学院の授業料くらいは、王室がだすでしょう?」


「ああ、当たり前だろうな。たが逆にそれ以外の費用はいらんのか?

食事は寮でとれるのか。服はどうする? そのほかの雑費は。いったいこのハルトという、少年は授業以外の時間は、カスミでも食って生きていてのか?」


「さあ?」


と、だけぼくは言った。


「ここに面白い資料が残っていた。

“不死鳥の冠”という冒険者ギルドから、ハルト少年への請求書だ。

内容は迷宮探索に必要な備品。とうじハルト王子は、まだ10歳だった。」


「さあ。なんかの間違いでは?」


「請求書の宛名は『到達級』冒険者のハルトになっていた。到達級は、西域では銀級に相当する。一人前の冒険者の証だ。10歳の子どもが、だ。」


ぼくが反論しようとするよりも早く、、ジェインが言った。

「“不死鳥の冠”は、クローディア公爵家肝いりの冒険者ギルドだ。ハルトはとわたしは、しょっちゅうそこに出入りしていたんだ。」


「ジェインの記憶が、改変されているのでなければ、稀に見る天才児ですな。

父親であった先代グランダ王が、エルマートのために、『燭乱天使』を呼んだのは、まことに公平なやりかたであつった。」


「とうだか。」

ぼくは、やっとそれだけ答えた。


「それは、そうだろう。ハルト王子とフィオリナ姫だけでも、16歳当時でも、竜をも屠る力をもっていた。エルマートは、無能、というほどではなかったが、まあまあの秀才であったに過ぎない。

しかし、ここでハルトは実に妙な行動に出た。

クローディア公爵家やフィオリナ自身にも背を向けてひとりで、魔王宮攻略に挑んだのだ。」


「なんで! クローディアはその当時だって、単独でグランダを敗れる武力をもってたはず。

その武力を背景に。ああ、別段王都を廃墟にしなくても、やんわり威圧をかけてやれば、ハルトは王位に付けたはず。どうしてもグランダ王の方針に従うなら、白狼騎士団の精鋭をハルトとフィオリナのパーティに貸し出してやってもいい。」

アデルは、口早に言った。

「なんで、その偏屈王子は、全部に背を向けたの?」


「それがな。」

ゲオルグ老は、呆れたように、大袈裟にため息をついて、ぼくを見つめた。

「どうも、クローディア公爵家を巻き込みたくなかったらしいのだ。もし、武力衝突ともなれば、たとえ、買っても犠牲がでる…敵にも味方にも、民にも。だ。」


「はあ。」

アデルは、はっきりとぼくを見つめている。

「仮にだけど、もし、ルウエンがこのときのハルト王子とおんなじ立場にされたらどうする?

傍らには、フィオリナが、いま人類文明圏を2分している“災厄の女神”が傍らにいて、じっちゃん…前クローディア公爵の武略も知略も使えたら。」


「そうだなあ。」

追い詰められた!

ぼくは、みんなを、見回したが、助けてくれそうなひとはいなかった。

「同じようにひとりで魔王宮に、潜るかなあ。うまくいけば確かに武力衝突にはならないかもしれない。けど、なるかもしれない。

ハルト王子が、相手の決めたルール内にいるうちは、逆にクローディア家も手の出しようがないだろ?

絶対に武力衝突は、おこらない。」


「なるほど。」

アデルは、ゆっくり頷いた。

「なるほど。でも、『相手の決めたルール内』って言ったわよね?

『相手の決めたルール』は、パーティ育成であって、ソロで魔王宮をあくら攻略してもなんの成果にもならないんだけど。

それとも、迷宮内で偶然であったやつらでもパーティに組み込むつもりだったの?」


「まあ。

迷宮内には、強いやつらはいくらでもいるよね?

例えば、階層主はほぼ間違いなく、知性のある災害級の魔物だし、賢者だっている、魔王だっているんだし。」


え?

なぜみんな黙る?

なんで、そんな化け物をみるような目でぼくを見るんだろう。

傷つくなあ。


ゲオルグ老は、カツンと床に杖をついた。


「…かくして、“踊る道化師”が誕生したのだと、わしは考えたのだ。

どこかに間違いはあったかな?

ルウエンと名乗る少年よ。」



部屋がまた薄暗くなってきたので、ロウはまた光を打ち上げだ。


「ぼくが、当時のハルトならそうしたかもしらないってことですよ。」

ぼくは、にっこりと笑って見せた。

みんな(アデルやロウまでも!)怯えたように、視線を逸らした。

「仮にぼくが、ハルトというグランダの元王子で、躍る道化師の結成の要因のひとつであったとしたも、ゲオルグさんのいう“踊る道化師”のリーダーであったという証拠にはならないですよ。

だって、ルウエンはカザリームのトーナメントのときに、はじめて姿を現したんですから。

それまで、踊る道化師は、ルウエンなしでもちゃんとやれてました。

だから、ルウエンの存在と踊る道化師の瓦解はなにも関係がない。

だから、ルウエンは踊る道化師のリーダーでらない。」


ゲオルグ老は、諦めきれないのか、しばらくぼくをじっと睨んでいた。

だが、ロウがとうとう声をかけた。


「実に面白い推理だよ、ゲオルグ。

だが、その推理には致命的な欠点がある。

そんなリーダーは最初からいなかったことだ。

わたしも、ギムリウスも、黒の御方も、災厄の女神も、神竜皇妃もだれひとり、そんなものの存在を知らないんだから。

さて、各自そろそろ寝室にもどって、眠ったらどうかな。

英気を養って、明日には、ここを脱出する方法を、相談せねばならない。」


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