第99話 真実に近づく者
アデルは、こんなときでもぼくに寄り添っている。
まるで、ぼくを守るかのように。
否。
ぼくを真っ先に切り捨てられるように、かもしれない。
椅子にもたれかかった背中が、冷たかった。
なるほど。
ぼくは、柄にもなく緊張しているわけだ。
神々のかけた呪いは、どのようなものかは分からない。
ただ、それはぼくがさんざん、悪用した「認識阻害」魔法の応用だということは、わかる。
ならば、その魔法は中途半端に破るべきではないのだ。
いまここにいるメンバーにだけ、真実を告げて、彼らがそれを信じた瞬間に、彼らもまた、世界から忘れられる。
そんな危険性もある。
「話し合うべきことは、いろいろあると思うんだけど。」
ぼくは、できるだけ、リラックスして見えるように、椅子にあさく腰掛けて、腕組みをして一同を見回した。
我が友にして、世界の覇者たちを両親にもつ運命の子、アデル。
昔馴染みの真祖吸血鬼ロウ=リンド伯爵。
巻き込んでしまって申し訳ないとは思うけど、あんたがぼくの血なんて要求しなければよかったんだぞ、ルーデウス伯爵。
かつてのフィオリナそっくりの顔で、ぼくを見つめる“殺戮人形”ジェイン。
魔導師にして調停者“背教者”ゲオルグ老は、楽しそうだ。
自分の長年の推論が実証されようとしているのが嬉しくてしょうがないのだろう。
気持ちは分かる。すごく分かるが、そういう迷惑な真理探求をしたがるのな。
ウィルニアそっくりに見えるぞ。
「実際、あまり時間はないんだ。
ゲオルグさんは、気がついてるけど、ここは刻が循環している閉鎖空間だ。
ぼくたちは、まだ『部外者』でいられるけど、刻の輪が一回転してしまえば、永久にここに閉じ込められることになる。」
「なるほど。でもまだ、刻が閉じる前には猶予はあるんだよね。」
アデルが、フィオリナそっくりの怖い声で言った。
「例えばそれが10秒あれば、9秒できみの話しをきいてから、残りの一秒で脱出するから大丈夫だよ。
さあ、ルウエン。きみは、ロウが言ってたカザリームのトーナメントで、災厄の女神を助けたルウエンなのかい?」
アデルにウソはつけない。
ぼくは認めた。
「そうだね。ぼくは確かにカザリームの『栄光の盾トーナメント』で、フィオリナのチームにいたルウエンだよ。」
ふうっ。
と、アデルが息をついた。
彼女も緊張していたのだ。ぼくは彼女にすまないと思った。
「なら、いままでどうしていたかを聞いてもいいかい。」
ロウ=リンドが、笑う。その口元から白い犬歯が見えた。
ストールをあげて口元を隠す。サングラスの下の瞳が、真っ赤に燃え上がっているのが、ぼくにはよくわかった。
「どこか違う世界に。ここではない別の時間が流れる世界にいた…って言ったら信じるかい?」
「ふうん。」
ロウは、首を傾げた。
「そういうこともあるのかな。でもならば逆に、きみほどの術者が20年もその空間から脱出できなかった?」
「その空間……は、誰かが作った閉鎖空間ではなく、最初から存在していた、こことはべつの時間が流れるひとつの世界だったから。ぼく閉じ込められたというよりも、そこにすてられたんだ。」
「なら、どうやって帰ってこれた?」
今度はゲオルグ老だった。
「帰りたくなかったわけではなかったのだろう?」
これはいい質問だ。
確かにぼくは、怖かったのかもしれない。
ぼくがいないこちらの世界がどうなったのか。
リウは、「世界の声」に勝つだろう。
たとえ、彼らが有力な神々の集合体だったとしても、ぼくの親友がそうそう負けるとは思えない。
まして。
フィオリナも一緒なのだから。
ぼくが、怖かったのは、リウとフィオリナが、ぼくがいなくなったあとにどうなるか、だった。
たぶん、二人は、臆面もなく愛し合うだろう。たぶんその結果として子どももできる。そして、これはアウデリアさんやウィルニア、ヴァルゴールも予想したとおりに、結局、ふたりは数年もしないうちに、喧嘩をはじめて、この世界を破壊と流血で満たすのだ。
はたして。
ぼくを迎えた世界は、その通りになっていた。
西域、中原をひとつにまとめてくれそうだった鉄道網は頓挫し、いくつかの強国がまとめていた秩序は崩壊して、戦乱が永きに渡って世を支配していた。
そして、フィオリナとリウは結婚し、こどもを授かり、別れて、西域、中原を割っての大喧嘩をしている。
最悪だ。
「帰ってこれたのは、神さまに助けていただいたからです。
よく言うじゃないですか。
『捨てる神あらば、拾う神あり。』」
「それは、例え話であって、本当に神によって捨てられたり、拾われたりした場合には使わん。」
ゲオルグさんは、難しい顔だったが、ぼくのジョークは、気に入ってくれたみたいだった。
「で、おぬしを異世界に捨てた神は誰で、拾ってくれた神はなんだ?」
「拾ってくれたのは、ヴァルゴール。捨てたのは、名前の分からない神々の集合体“世界の声”。」
ゲオルグ老は、うめいた。
「帰ってきたら、最悪だった。」
ぼくは、となりのアデルに手を伸ばして、髪をぐちゃぐちゃに掻き回しながら、言った。
「でも、最悪も悪いものじゃない。」
ゲオルグ老は、咳払いをして続けた。
「なるほど。ではもうひとつ。
おぬしは、かつてグランダの王子だったハルトなのか?
そして、ハルトは“踊る道化師”の誕生にかかわっているのか?」
「それについては、ぼくがどう答えようが、それを証明したり、なにかの証拠を提示できないんだから、答えても無駄だと思います。
そもそも、ゲオルグさんは、なぜ、ハルトという王子さまが、“踊る道化師”の誕生に関わってのだと、お考えになったのですか?」
「わしはかつて、ランゴバルド冒険者学校でアモンなる竜人と会った。
“踊る道化師”の一員だった美女だ。
彼女は、グランダの王太子の座をかけて、ふたりの王子が勝負を行なったことを覚えていた。
ひとりは、現在のグランダ公エルマート。もうひとりは、ハルトという王子だった。
勝負の内容は、『魔王宮』にて、それぞれのパーティを育成し、最強のパーティを作り上げること。」
ゲオルグ老は、よく調べているし、アモンがそこいらの記憶をもっているのは意外だった。
ロウやギムリウスは、なんとなく魔王宮が開かれ、なんとなく、攻略に参加したフィオリナが、第六層で、リウと鉢合わせして、最初は、なんだこいつ、と思っていたのがいつしか、互いに心惹かれて、パーティを組むことになったのだと、考えているようだった。
これは、己の心の中を分割して、並行処理ができる竜のみの特徴なのだろうか。
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