第97話 奇跡の一夜
彼女、は、ゆっくりとフードを脱いだ。
髪は、伸ばして首元で括っていた。
マントの前が割れて、しなやかな筋肉に包まれた体が顕になった。
敏捷で、いかにも剣士にむいた体型だ。
だが、そんなことはいい。
ぼくを、睨みつけるその顔は。
フィオリナ、だった。
たが、年齢が違う。
ぼくがフィオリナを最後に見かけた時、彼女は17歳。
まだ、リウといい仲になる前ではあったが、その身体は、ずっと大人びてはいたし、例えば、学校の先輩とどうせいながら、かなり、踏み込んだことをやっていた。
彼女はもう少し若く、15位に見える。
いまのフィオリナのわけはない!
なら、考えられるのは…
「ジェイン! ここで騒ぎを起こしてくれるなよ。」
ゲオルグ老が、彼女を制した。
「まどう…にんぎょう? でしたか。」
そうだった。フィオリナを模して作られた魔道人形は、何体もあった。
何体から破損したり、誘拐されたりした。また、製作者のボルテック魔道卿が廃棄したものもある。
これは、そのうちの一体だ。
誰かが稼働させ。
メンテナンスを行い、「成長」までさせたのか。
「わしは、おぬしにも興味があるのだ、ルウエン。おぬしはあのルウエンなのか?」
「あーーーえっと。なんのルウエンでしょう。」
「カザリームで『栄光の盾』トーナメントが行われた際に、フィオリナとともに戦い、見事に優勝を、勇者クロノのバーディに持っていかせた、あのルウエンだ。」
「さあ。記憶にございませんけど。」
ぼくは、すっとぼけたが、ゲオルグ老は、諦める気はなかった。
ちょうど、アデルとの再会を祝っての乾杯が終わったところなので、タイミングもよかったのかも、しれない。
「まてまてまて。」
ロウが割って入る。
「“災厄の女神”そっくりのその顔立ち。おまえは“災厄”のジェインだな!?
気をつけろ。“黒の御方”の旗本集のなかでもっとも危ないヤツだ。」
「わたしは、命じられたことしかしない。」
ジェインは、深く沈んだ声で言った。
「わたしが今回受けた命令は、銀雷の魔女を“黒の御方”の手元に連れてこい、というものだ。それ以外には興味は無い。たとえば、そこのアデル。」
なによ!
と言いながら、アデルは筋肉の盛り上がりを見せつけるように、腰に手を当てて、ジェインを睨んだ。
「黒の御方さまは、おまえを手元に起きたがっていたが、直接の命令は受けていないので今回は見逃す。
もちろん、わたしは自立型の人形であるので、ついでにおまえも黒の御方のもとにお連れすれば、功績が大となることはわかる。なので、着いてきたいなら構わないが。」
「見逃す、とか構わない、とか、一々言い方が気に入らないのよね!」
アデルは、少しだけ。ほんの僅かに、腰を落とした。組み付くつもりだ。おそらくは、両足にタックルして倒すつもりだろう。
「すべてのものには、目的があり、遂行できない場合の次善策も想定してある。」
ジェインは、語った。
「この場合、わたしがおまえを黒の御方さまのもとに連れ行けない場合。
見逃すという策は、ひとつ。測りに掛けられたのは、死体にして連れていくという策だ。」
「ジェイン! 戦闘は休止せよ!」
ゲオルグ老が叫ぶ。
「我々の目的は、銀雷の魔女だ。」
「わかっている。ゲオルグ。」
ジェインは、腰を下ろした。
アデルも力を抜いて、ぼくにもたれかかった。
「ありゃ、強いね。」
耳元でアデルが、囁いた。
「ホンモノと比較してどうなの?」
「いまのフィオリナはしらないからなあ。」
相変わらず。“黒の御方”配下の魔道人形ジェインは、ぼくを睨んだままだった。
「ところで、なにが違うんだ。」
ぼくは、ゆっくりと尋ねた。
「おまえは、ルウエンでは無い!」
「なにを根拠にそんな」
「わたしの記憶、だ!!」
魔道人形は、むきになってそう言った。
「あなた稼働して何年よ!」
アデルが言い返した。
「 8年だ。」
「その…8年の記憶でなにかわかったっていうの?」
「それ以前の記憶だ、アデル。」
「それは、おまえの経験した記憶じゃなくて、製作者に植付けられたものだぞ
、魔道人形。」
アデルの声にはどこかに憐れみが混じっていなかったか。
「製作者は、ボルテック魔道卿。そして、その記憶は、10歳当時の災厄の女神のものだ。」
ああ。
フィオリナそっくりの顔で、ジェインは、ぼくを、指さした。
「そのわたしの記憶が言っている。
こいつは、ルウエンなどではない。
グランダの王子ハルトで、わたしの婚約者だ!!」
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