第七章 銀と金の天使
第94話 災厄の女神動く
この時期、起きたことを、後で聞いた賢者ウィルニアは、皮肉な笑いを浮かべて、罵った。
二人の魔王を。
その部下の精鋭たちを。
この世界そのものを。
“アデルを成人に至るまで養育する。この間、リウもフィオリナもアデルへの接触は許さない。またアデルは、成人するまでクローディア大公領にとどめおかれるものとする。”
成人年齢は、西域、中原など大半の文明圏では、18歳だ。結婚や、酒を中心とするある種の悪徳ともみなされる快楽は、このときから公式に許されることになるのが多い。
もちろん、国や地域によってそれはことなり、ある国では男性にしか、あるいは女性にしか「成人」としての権利を認めないところもあるし、少数の民族のなかには一定のクエストを通過しなければ「成人」とみなされない、といったところも少なからず存在する。
そんな中で、田舎とはいえ、魔道列車の交通網のなかにある北方諸国、グランダ公国やクローディア大公国では、成人年齢が16歳だというのは、別に秘密でもなんでもない。
まして、クローディア家の一員であり、少女期を北方で過ごしたフィオリナが、あるいは、成人年齢を間違えて自らの結婚式をあげようとして、大恥をかいたことのあるリウが、同じ過ちを犯すとは!
時代の歩みというものは、しばしば川の流れに例えられるが、これはなかなかよい例えだった。
川は常に、一定の速度ではじまりからしまいまで流れているわけではない。ときには、急流にもあり、滝となって流れ落ちることもある。
20年近く、戦乱の中にあった時代は、このときより加速する。
それは、黒の御方ことリウが、あるいは災厄の女神が予定していたよりも一年と少し早かったのだ。
「その者はアデルに違いないのか?」
このとき、『災厄の女神』が使った玉座は、真金の塊をくり抜いたものだ。
謁見室は薄暗く、蝋燭の灯りは、仄暗く。
かろうじて、鎮座する影は、表情も闇に溶け込んでいた。
相対して、頭を垂れるのは、僧形の男。
名をブテルパといった。
「災厄の女神」の精鋭“百驍将”のひとりであり、“貴族殺し”の二つ名をもつ。
かつて、吸血鬼と呼ばれた 闇の貴族を殺すもの、との異名は、彼にとったは必ずしも本意では無い。
ブテルペの能力は、鍛錬の不十分な貴族たちが苦手にしたもの、例えば陽光や聖属性の魔法などに、特化したものではなかったからだ。
「恐れながら」
「あまり、恐れ入るな。それよりも、とっとと返答せよ。」
この言葉使いからは、主の機嫌を察することはできない。
彼女は、気分屋でもあり、その性格は苛烈なものがあったが、一方で王者の風格といったものがあり、信頼をおいた部下をやみくもに誅することはありえない。
はたして、約定によればまだ、クローディア大公領にとどめ置かれるべき、愛娘が、外を出歩いている!
しかも、「城」に身を置き、己に敵対する立場にある。
愉快であるとは、思わないだろう。
「まさか、そんなことが、と、戦っていた当初は思いましたが。
いまになっては、一目見ただけで、陛下の血を引くお方と見ぬけなかった我が不明を恥じるばかりです。」
ブテルパは、わざと快活に言った。その程度の腹芸は出来る男である。
「ロウ=リンド閣下に加えて、アデルも御元にお連れ出来れば、大変な功績になるかもしれぬと、欲を出したばかりに、敗北。あの一帯は、黒の影響がますことに、なりそうです。」
「アデルは、どうだ? お主の目から見て、でいいが。」
「お健やかに。と言うより強健にお育ちです。」
ブテルパは答えた。
「あの燃えるような髪と強靭な筋力は、ご祖母であられるアウデリアさまの血筋でしょうか。
独自の工夫をこらした大剣を楽々操るあの技前は、まさに陛下のお子ならでは。」
「言ってくれるな、ブテルパよ。」
玉座の女の声に、苦々しいものが混じった。
「わたしは、かの者に乳さえやっておらぬ。体も技も、アウデリアが与えたものだ。それより…」
影はぐいと、体を乗り出した。
「お主が直接に対峙したものがいたそうだな。」
「はい……見かけは10代の半ば、まだ成人しているとも思えぬ少年でしたが、恐るべき技前をもっておりました。」
「お主に“恐るべき”などという言葉を使わせるとは。」
表情は、影に沈んで見えないが、彼女はわずかに笑ったようだった。
「光の剣を転移させていました。」
ブテルパは、短く言った。
「あれは、あなたさま以外には、出来ぬ術です。」
「それほどのものでもない。」
主は、椅子に深く身を沈めた。
「その少年がわたしの知るルウエンならば、やってのけるだろう。」
「あの少年をご存知ですか!?」
「ずっと昔にそう名乗っていた者を思い出しただけだ。
アデルが、北の地を離れたこと、その後、ランゴバルド冒険者学校にはいったことも、把握している。だが、“城”に身を寄せて、お主と戦うとは。
わが子ながら、とんでもない行動力だ。」
「御意。」
プテルバは、また頭を下げた。
「傷も癒えぬうちに、申し訳ないがもう一働きしてもらう。」
“災厄の女神”は傲然と言った。
「なんなりと。二度とおくれはとりません。」
「うむ。
“黒”の動きが気がかりだ。
目標は、分からないが、やつの意で“背教者”ゲオルグが動いている。」
「調停者が! ならば逆に荒事にはなりにくいのかと……」
「“黒”が、ゲオルグに同行させたのは、“殺戮人形”だ。」
プテルバは、息を飲んだ。
主を模した魔道人形の、おそらくは最後の一体。その能力は模した相手に限りなく近いと言われている。
「おまえのパーティは、まだ入院中のはずだ。今回は同行させるな。
おまえとカプリスで始末をつけろ。」
「百驍将筆頭のカプリスと!?」
「連絡のツテは、ここに記している。」
ふわっ。
と、紙がプテルバの目前に落ちた。
プテルバはもう一度、深く頭をたれた後、謁見室を去った。
しばらく後。
部屋の証明は、電気によるものに切り替えられた。
置物ひとつない殺風景な部屋だった。
フィオリナは、真金の玉座から、身を起こした。
意匠としては面白いが、座り心地はよくはない。
灯りをつけたのは侍女だった。
「ミュラ。」
怖い顔で、フィオリナは、女官長を睨んだ。
「謁見が終わったんなら。もういいでしょう? 掃除をするにしてもこれだけ薄暗いといろいろ問題がありすぎなのですよ。」
「わたしにも、いろいろ考えたいことがあってだな。それには薄暗いくらいがちょうどいいんだ。」
「アデルとのことなら、もう充分にこじれたますから、いまさらなにをしてもこれ以上、悪くはならないですよ。」
つけつけと。
女盛りに見える女官長は、辛辣に言った。
「そちらは、それとして。」
美しき主は、腕組みをして、また椅子に腰を下ろした。
「もうひとつ。ルウエンも気になるんだ。」
「あなたの魔術を使う魔道士ですか。どこぞで過ちを仕出かした記憶は?」
「ない。ないし、わたしは、彼がかつてカザリームの、トーナメントでわたしを助けてくれたルウエンくんと同一人物ではないかと、疑っているんだ。」
「二十年、たっているんですよ!?
ああ、過剰魔力による老化遅延ですくか。しかし、そこまで顕著なものとなると、ジウル殿くらいしか、思い当たりませんねえ。」
「ゲオルグが唱えた説があってな。」
フィオリナは面白そうに言った。
「“踊る道化師幻のリーダー”説だ。」
「なんです? それは。」
「“踊る道化師”が、カザリームのトーナメントのあと、音をたてるようにして瓦解したのは、それまで“踊る道化師”を導いていたリーダーがいなくなったことが原因だという説だ。」
「仮説としては、面白いですね。」
もともと、伯爵家のご令嬢で、学年トップの優等生で、グランダでは、ギルドマスターもつとめていたミュラは、うれしそうに話にのってきた。
もともと、リウとの確執、アデルのこと、友人として心を痛めることも多い。
なにが気を紛らわす思考ゲームでも見つかったのなら、それはそれで歓迎会すべきところだった。
「あなたや、真祖、神竜、神獣、魔王のいるパーティのリーダーがいるとしたら、どんなものでしょうね。
どこかの神様かしら。あるいは、アキルが影のリーダーだったとか。」
「アキルがこの世界に来る前から、“踊る道化師”は存在していたから違うよ。」
フィオリナは答えた。
「結論からいうと“そもそもそんな奴はいなかった”で終わってしまうんだけど、ならばなぜ、それまではなんとかやっていたパーティが急に崩壊したのか説明しろ、と言われると…偶然がいくつも重なったとしかいいようがないわ。」
「で、そのルウエンが“失われたリーダー説”とどう関係してくるんです?」
「ゲオルグの意見だと、ルウエンこそが。わたしたちの失われたリーダーじゃないかというんだよね!」
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