第91話 決着と忘れられた主人公たち

戦いは、一変した。


アリシアの杖は、トーアの盾タマルアルジュイラの分離した破片に打ち砕かれた。

盾の破片はそれ自体が攻撃力を持っていた。

破片からさらに射出された尖った針のようなものに、肩を撃ち抜かれている。


破片は、アリシアの周りを旋回しながら、すきを伺っていたが、アリシアは、魔法障壁と移動を繰り返しながら、巧みに攻撃を避けていた。

魔法障壁と攻撃魔法の同時使用は、前もって準備していなければ無理だ。


キリシアの足をひっぱらないように、いまは、逃げと守りに徹する。


そのキリシアには、二個の盾の破片が襲いかかっていた。

互いの中間に、キリシアが来るように誘導しつつ、キリシアがその位置にきた瞬間に、青白い力場を発生させる。


それが、どれほどの威力があるのか。


彼女はとても試したくはなかった。



「傷を治せ。」


血まみれのドミトラに、トーアは叱咤した。

キリシアの手刀に、開けられた傷口からの出血は今も続いていた。

とくに、胸部の孔…心臓をえぐりだそうとした一撃は、“貴族”に連なるもの

である彼にも大ダメージになったようだ。


トーアは、もはや三分の一になっていまった盾の残骸を掲げて、ドミトラと彼女自身を守っている。


「血を」

トーアは、袖をまくって、白い腕をドミトラに差し出した。

「血を吸え。それで回復しろ。」


のろのろと、少年はトーアを見上げた。


「タマルアルジュイラの攻撃は、すべてさばかれてしまっている。

初見の武器にここまで対応させるとは、意外だ。さすがは、化け物揃いのルールス分校。噂通りだ。」


トーアは、腕を少年の口元に突きつけた。


「早く吸え! わたしは、盾の残りも分離させて攻撃に移る。もうお前を、守るものはない。動けるようにまで回復しろ。わたしの足をひっぱるなっ!」


その言葉に、ドミトラの目が赤い光を帯びた。そのままトーアの手首に牙をたてた。


衝撃波が走り、盾の破片のひとつが撃ち落とされた。


アリシアの杖が復活している。

いくつもの折れ曲がった枝とその先端に眼球をそなえた、その魔法杖は、折られるまえよりも、禍々しいフォルムを備えていた。


その杖から、仄暗い力場が立ち上っている。

それが、破片からの射出攻撃を防ぎ、その間にアリシアは、攻撃魔法を紡いだのだ。


「よくやった!」

キリシアが叫んだ。

その彼女の両側に、破片が飛来する。


彼女を目標に破壊の力場を展開しようと試みる。だが。


位置を定めてから、力場を展開するその僅かなタイムラグをキリシアは、もう見逃さなかった。


いつの間にか金属の篭手をはめた彼女の拳が、人間の手による打撃では、ありえないような距離をこえて、破片を叩き落としていた。


「ダメージとエネルギー切れは、盾の姿に戻れば、修復、チャージされる。」

牙を突き立てられた腕からの痛みと、それと同時に襲いかかる快感を堪えるために、トーアは口早に語った。

「だが、その時間はない。

残りの盾を分離させる。あの手の伸びる女に集中されるから、おまえは魔法使いの方を。」


ドミトラの体が吹っ飛んだ。


キリシアの拳だ。

篭手をはめた分、速度は多少は落ちたのだろうか、威力は、倍加していた。


だが、ドミトラは立ち上がる。

胸の大穴はなくなって、出血も止まっていたが、今度は下顎が粉砕されていた。

その手に握られた鎖が、蛇のようにキリシアに伸びる。


その両足に絡みついて、動きを止めようとする。


「よし!」


タマルアルジュイラの、残りの部分が分離した。そのまま、一気にキリシア目掛けて飛来する。


だが、アリシアの打ち出した火炎流が、その動きを掻き乱した。

さらに、キリシアの腕が、ムチのようにしなって、次々と破片をたたき落とす。


武器を失ったトーアは、跳躍して、キリシアとの距離をつめた。

ひるるるるるっ!

トーアの喉が鳴る。

キリシアの直前で体をコマのように回転させながら、連続で蹴りを叩きのこんだ。


「なんだ、おまえ。こっちが本職か?」


呆れたようにキリシアが言った。

構わずトーアは、体を沈めながら、喉元目掛けて足刀をはなった。


篭手をはめた腕がそれをガードした。


トーアの動きは止まらない。

肘、膝、拳、蹴り。体の全てを使いながら、キリシアを攻撃する。

拳士としての技量は、キリシアが上だった。しかもあの腕を伸ばしてくる変則的な打撃。

両足を鎖で縛られ、超至近距離に接近したいましか、チャンスはない。


続けざまの攻撃を嫌ったのか、キリシアは半身になった。左の拳で顎から脇腹をガードするようにしつつ、距離を取ろうとする。


されない。


倒れ込むようにして、サイドに潜り込む。ガードした腕をかいくぐるようにして、脇腹にパンチを。


その瞬間、意識がとんだ。


なにか、が。


突然、下方から突き上げてきた何かが、トーアの顎を突き上げたのだ。


倒れはしない。倒れない。

踏みとどまるトーアだったが、距離をあけられてしまっていた。


この距離はキリシアだ。


ムチのようにしなる打撃が、ガードした腕の骨にヒビを入れ、頬の骨を陥没させた。


このまま。

倒れるのか。

負けるのか。


打撃が止んだ。

腫れ上がった瞼に霞む視界に、ドミトラがキリシアにしがみついているのがみえた。

体は小柄だか、“貴族”の怪力だ。

キリシアの動きが止まる。


よし。


よし、いまだ。


いま。


歩きだしたトーアの前に、地面がせり上ってきた。


え、なに?

なんなのこの魔法。


打撃のために、平衡感覚が崩れて自ら倒れた、とわかったのは、あとのことのことになる。


地面にあたまから突っ込んで、トーアは気を失った。


キリシアを懸命に、羽交い締めにするドミトラの首筋に、アシリアは杖の先端で触れた。


全身の力が抜けらドミトラはそのまま、崩れ落ちた。



「勝負あり! キリシア・アシリア組の勝利だ。」



試験官が宣言した。



「よく戦ったじゃないか。」


ネイアは、満足そうに、傍らの魔法士少年に話しかけた。


「ですね。これは合格でいいんじゃないですか。」

「そうだな。これで今年の特待生は二名、と。」


そう言いながら、ネイアが渋い顔をするのをルウエンは不思議そうに眺めた。


「あれ? 才能溢れる生徒を学校に迎えるのになにか不満でも?」

「特待生クラスは、ルールス理事長かわ差配している。予算はあるが、かなりの部分が理事長の私費だ。これは潤沢ではあるが、無尽蔵ではないんだ。」


ネイアは、深い翠の瞳で、ルウエンを睨んだ。


「特待生はもともと、在学しているもののなかから、成績なと抜群のものを評価する制度だ。入学と同時に特待生などという無駄遣いを今年は。ふたりも!」

「いえ、4人です。ぼくとアデルを、忘れてませんか?」

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