第70話 <第五章最終話>失われた道化師

暖炉は使えそうだったので、暗くなる前に、燃やせそうな枝を、ぼくとアデルで集めてきた。

今度は、野菜やハムが入った雑炊を作る。

塩をひとつまみ……だけではなくって香辛料もちゃんと使った。


暖めたり、焼いたり、煮たり。

炎熱系の魔法でできそうなのだが、ほどよい熱加減を一定時間維持するのは、めんどくさいのだ。

思わず、大人しくご飯を待っているラウレスをちらりと見た。


以前に、ラウレスと呼ばれていた古竜は、そこら辺が実にうまく、料理人として、というか「料理をする竜」として、名を馳せていたが、これがそのラウレスであるはずはない。

これは、荒野をさ迷っていた竜の亡霊だった。

アデルに退治されたあと、ぼくが魂に、残った肉片で子の体を作った。

その体を構成していたものは、さまざまな動物の遺骸や、泥や、石。とくかく竜であったものは、ほとんど残っていなかった。


アデルは、その個体に「ラウレス」と名付けたのだが、理由をきいたら「一番よくきいた竜のなまえだったから」と答えた。


このラウレスが、あのラウレスではないといいなあ。と、ぼくは思う。

あいつは友だち…だったのだろう。

あいつが、腐肉の塊に閉じ込められて、世界をさまよっていたなんて。いくらなんでも残酷すぎないか。


「ルウエン。」

雑炊をよそったカップを差し出すと、ラウレスは、ニコッと笑って、手の甲をみせた。

紛れもなくそれは。

「竜鱗。」


まだ、1枚きりにすぎなかったが、間違いなく竜鱗だった。


「だいぶ、体が戻ってきた。」

楽しそうに童女は笑った。



「聞いておきたいのは、ゲオルグのことだ。」


ぼくはロウに尋ねた。

暖炉には、薪がまだちろちろと炎をあげている。

お茶を飲み終わって、ラウレスは満足そうにすやすやと眠っていた。


ルーデウス閣下とロウランは、眠らない。もともと夜眠る種族ではないのだ。

アデルは、ぼくが寝るまで眠らないだろう。ヘンリエッタは興味深そうに、話をきいている。


「世界で7人しかいない『調停者』だということは学校で習った。ルールス先生やドロシーのもその一人だ。でも、彼がどこの何者で、どうしてその地位についたかは、まったくわからない。

いったい何者なんだ?」


「あいつは、“世界の声”の地上代行者だったんだ。」

ロウは、難しい顔で言った。

「銀灰皇国では、“世界の声”が生み出した“魔王の卵”を指揮する立場にあったらしい。

ここらの事情は、ルールス先生のほうがくわしいかもしれない。

わたしとギムリウスは、その当時、『黒の御方』や『災厄の女神』、『銀雷の魔女』と一緒に行動していなかったんだ。」


「ルールス先生は、ゲオルグとはほとんど接触していないよ。」

アデルが言った。

「わたしもゲオルグのことを、ルールス先生に聞いてみたことがあるんだけど、なんだか、先生は、ほとんど、探知機替わりにこき使われただけで、あまり全貌は把握してないみたい。」


「『魔王の卵』との戦いの全面に立っていたのは?」


「そのらへんは、竜王と竜王の牙たちね。

だけどなにしろ」

ロウはため息をついた。

「いまは、竜の都に閉じこもってしまっているので。人間だと、オルガが一番くわしく把握しているかもしれない。」


「伝説の英雄が、ぽんぽん出てくるのね、ロウの話には!」


「いずれ、オルガにも会ってみないとな。」

ぼくは呟いた。


「いまの世の中では、生きながら伝説になった英雄“闇姫”さまにそう簡単に会えると思う?」

「『城』の城主と城代には会えたんだ。

銀雷の魔女にも会ってみせるし、オルガにだってきっと会えるさ。」


「というわけで、わたしは、踊る道化師と世界の声が、決戦したその当時の事情は直接に見聞きしたものはないのよ。」


「ゲオルグについての情報は、そこまでか……」


「何言ってるの、それから何度も会ってるし、いろんな話もしているわ!」



それを先に言えっ!!



「一言で言えば偏屈ものよ。あいつは。

タイプとしては、ウィルニアに似てるかもしれない。

基本的に悪人ではないにしろ、自分こ探究心のためなら、世界をどんな危険にでもさらす。」

「ウィルニアがもうひとりいるのか……」


ぼくがあまりにも暗い顔になったので、アデルがワイングラスをロウランからかすめとる。

ロウランは、例えでなく、牙をむいたが、アデルも牙を剥き返した。


ロウが渋い顔で、新しいグラスと酒瓶を取り出した。ケチるなこんな所で。


「わたしの知る限り『黒』と『災厄』に正面切って意見できるのは、ウィルニアとゲオルグだけだ。」

ロウの表情も暗くなる。

「だが、その二人共に、世界平和になにひとつ興味がないときている。

案外、」

ロウは、ぼくを見て力無く笑った。

「おまえの言うことなら、聞くんじゃないのか?

どうせウィルニアも知ってるんだろう!?」


「まあ、有名人だから知ってるよ。

むこうは、ぼくのことなんて知らないと思うけどね。」


「ゲオルグが唱えている“居なくなった踊る道化師のリーダー”っていうのは、おまえみないなヤツだったんじゃないかと思うよ、ルウエン。」

「ほえ?

導師ゲオルグがそんなことを言ってたの?」

「そうだ。迷宮からリウやわたしたちを連れ出してパーティを結成し、ある時期まで、わたしたちを導いてくれていたリーダーがいたのだというのが、ゲオルグの説だ。

そのリーダーが失われたから、まるっきり、神々に押されるように、リウとフィオリナは、世界征服に乗り出した。」


まずいな。これは……なんて言うか。

真実に近い。

恐ろしく近い。


「ゲオルグは、その人物の特定までしている。

むかしグランダの王子だったハルト。その人物がわたしたちの失われてリーダーだったんだと、さ。」


ロウはウインクして見せた。


「さて? ルウエンの本名はハルトなのかい?」


「そうだ、そうだ!」


ルーデウス閣下の腕がぼくの胸ぐらを掴んで持ちあげた。さすがに吸血鬼。凄まじいまでの怪力だ。


「あなたのことを教えてよっ!

血を媒介にしたはずの主従のはずなのに、わたしにはあなたの記憶がほとんど見えない。

どうやって、『黒の御方』と『災厄の女神』の姫と知り合ったの?

なんで一緒に旅をしてるの!?」


ぼくは助けを求めるように、アデルを見た。

アデルは、逞しい肩をすくめた。


「あーーーー、冒険者学校で同じクラスになってだな。」


夜は長い。


でもそっから話すか、アデルよ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る