第六章 ランゴバルドの風
第71話 邂逅
今となっては懐かしい感さえある、轟弍シチ型魔道列車は、ゴトゴトと音を立てて、ランゴゴバルドの駅に到着した。
手入れの悪い、老朽化した車体が、軋む音をたてて、扉が開く。
吐き出された乗客は、てんでに改札へと急いだ。
「冒険者の国」として、西域八大列強に数えられていたランゴバルドであるが、
今日この頃は、西域を代表する都市と言えば、カザリームかオールべである。
カザリームが開発した高層建築物の導入にいち早く追随したオールべが、ギウリーク国の中心都市として、この10数年で驚くべき発展を遂げた反面、それまで栄華を誇ったミトラやランゴバルドは、やや、時代遅れの、田舎町と見なされていた。
これは、ランゴバルドという街だけではなく、ランゴバルド共和国そのものが、やや、衰退気味の、なんとなく、冴えぬ存在であるとことを意味していた。
実際に、数十階に達する高層建築物を見慣れたカザリームの市民が、ランゴバルドに来れば、高い建物でもせいぜい5階。
まるで、歴史的な意味合いから保存されている「旧市街」に迷い込んだような古臭さと、懐かしさを感じるだろう。
それでも、周辺の都市も含めれば、人口は百万に届くだろう。
少年が、客車から降りたのは、いちばん最後のほうだった。
年齢は15歳かくらいか。
魔道士のマントは、旅装も兼ねている・どこから、旅をした来たのか、かなりボロボロだった。
全体に華奢で、繊細で、おとなしそうな顔立ちをしている。
あるいはひとり旅が初めてだったのかもしれない。
不安そうに、改札をぬけると、周りを見回した。
彼は、ここで降りたほかの乗客たちとは違って、確たる目的というものがなかったのだ。
駅前の広場は、雑然としていた。
テントや屋台だけの店が、埋めつくし、それでも、なお、活気はなく、どんよりとした空気の中に、それらは存在した。
単純に乗降客が少ないんだな、と少年は思った。
列車の乗客の大半は、ここでは降りなかった。おそらくは、乗り換えてオールべを目指すのだろう。
カザリームが持ち込んだ「繭」と「巣」は、建物の高層化による移動の問題を一気に解決した。
その主は、オールべ伯爵を兼任するかの北の大国クローディア大公であり、実質的な運営は鉄道公社に任されていた。
そのため、西域では珍しい「中立」という立場を貫くことができ、直接の戦火にさらされる心配は、著しく低い。
それなら、このランゴバルドも一緒の条件であったはずだが、すでに独自の都市計画をもっていたランゴバルドは、高層建築の利点を、認めなかった。
急激に衰退しているわけではないが、発展を拒む街であり、国。
ランゴバルドは、そう思われている。
少年は、屋台をかき分けるようにして歩んだ。
売っているものは、服や下着、あまり質のよくなさそうな薬品、中古の武具のたぐい。
見るべきものは、なさそうだったし、そもそも少年は、買い物を楽しむだけの経済的な余裕がなかった。
「ランゴバルドは、初めてかい?」
テントのなかから、そう声をかけてきたのは、二十歳を少しこえたくらい青年だった。
にこにこも愛想良く。
だが、目付きが、少年の肢体を舐め回すように往復したのを、少年は敏感に感じ取っていた。
「初めてみたいなもんです。」
テントには入らず、少年はそれだけ答えた。
「だったらうちを使うか?」
男は、テントから出てくると、ノボリを指さした。案内所、とある。
「食事をするところ。今晩泊まるところから、楽しい観光スポット、仕事まで紹介してやれる。」
「いえ、ぼくはその、あんまり持ち合わせがないから」
「よし! 仕事の斡旋だな。まかせてくれ。」
テントの中から、人相の悪いのが、さらに三人ばかり出てきた。
少年は取り囲まれた。
「どうだ?」
最初に声をかけた男が、あとから出てきたでぶに、そう、尋ねた。尋ねられた男は、そう太っているわけではなかったが、不健康そうに浮腫んでいる。
顔が腫れたように、膨れ上がり、目が細くなっていた。その目で、少年をジロジロと眺める。
「20万ダル、だな。あと、歯は折ったほうがいいかもしれねえ。」
「ふん? せっかくきれいな顔立ちなんでもったいなくねえか。」
「歯をたてられると、それだけでブチ切れる客がいるんだとさ。」
「あの」
少年はおずおずと声をかけた。
「いや、すまない。なにも心配することはないよ。」
相変わらず、満面の笑みを浮かべて、男は言った。
「今晩から働けるところを紹介するよ。」
「ぼくは冒険者なんですよ。」
「そうかい?」
男は、頭1つ低い少年の肩に手を回した。
「ここんところの戦乱続きで、まとも冒険者稼業なんざあ、あがったりだ。
一旗あげようと、出てきたのか知らんが、まともな仕事なんかありゃしねえ。
それよりも、もっと実入りのいい仕事を紹介してやる。」
少年が積極的に抵抗しないのをみて、男はさらに大胆になった。
少年の華奢な身体を抱きしめて、キスをしようとしたのだ。
さすがに、これには身を捩って抵抗した少年だったが、相手の体格は彼の倍はある。
ごちん。
渋い音がして、男が倒れた。
少年は救いの女神を、見上げた。
剣の柄で、男の後頭部をどついたのは。彼と同年代の少女だった。
鮮やかなオレンジの髪は、手入れが悪く、鬣のように顔のまわりを飛び跳ねていた。
不機嫌そうに、口をひん曲げていた。
「案内所、があるときいて来てみたが、女衒もやっているのか?」
男は頭をさすりながら、身体を起こした。
彼と仲間たちが、とっさに報復に出なかった理由は。明白だった。
旅のマントの下は、胸部と腰周りを覆うだけの簡素な鎧であり。
その筋肉は、鍛え上げられた戦士のものだったからだ。
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