第60話 アジャール伯爵領の冒険者たち

ぼくらは、門番に冒険者であると申告した。ランゴバルドの銀級パーティ。

名前を何と書こうか、少し迷ったが、はっきりと“踊る道化師”と記入した。


門番は顔色も変えない。


『城』の城代であるロウ=リンドのサインの入った紹介状を見せた時だけ、髭面が、わずかに硬直した。


「副団長殿に面会が希望か?」


「はい。若き英雄バルディさまに、お目にかかりたいのです。」

ぼくは、腰を低くして、頼んだ。

「なにとぞ、お取次ぎを願えませんでしょうか。」


「副団長は、伯爵閣下のご嫡男でもあらせられる。めったなものを通す訳にはいかん。」

「ですので、かの真祖ロウ=リンドさまからの紹介状を持参いたしました。」

「本物か?」


うんうん、とロウは、ぼくの隣りで頷いたが、話が面倒くさくなるので、脇腹をつついて、黙らせた。


「どうやって、手に入れた。」

「ぼくらは、先日まで『城』に滞在してまして。」

アデルや、昔はフィオリナなんかも人を詐欺師みたいに言うが、ほんとのことを話してるだけだ。詐欺師呼ばわりされる言われはない。

「ククルセウとワルド伯爵領との小競り合いで、手柄をたてたもので、そこ褒賞の1部として、紹介状を書いていただいたのですよ。」


「ほかのメンバーは?」

「人間の戦士がひとり。あとは伯爵級が二人です。あとこっちの子供は途中で拾った迷子です。記憶をなくしてるようなので、捨てておくことも出来ずに連れて歩いてます。」

「おい。」

と、言って門番は、怖い顔で、紹介状を指で叩いた。


紹介状の封印は、サインとそれが記された日付がはいるものだが、それが昨日になっている。

ここまでは、魔道列車もつかって五日、かかっているので、とうぜんおかしなことになってくる。


もちろん、ロウが昨日、書いたもので、封印のサインをするときに、うっかりその日の日付をいれてしまったものだが、城代本人が同行してるとなると、また話がややこしくなる。


「こちらに到着予定の日にあわせて、書いていただいたので、実際には一日遅れてしまいましたが、まぎれもなく、本物です。真祖さま自らが、ぼくの目の前で記入し、封印してくださいました。」


事務的な過誤で、押し通すことにする。


「いずれにしても“貴族”をまじえたパーティでは粗略に扱うことはできない。


門番はなお、ぶつぶつとなにやら呟いていが、若い衛兵をよんで、ぼくらを騎士団の駐屯場まで、案内するように、命じてくれた。



騎士団、というものは、鉄道や機械馬の普及で、ぼぼ消滅しかかったところで、乱世により忽然と復活した軍組織だ。

なにしろ、装備一式の維持に金がかかるうえに、ひとりでは着脱もできない金属鎧を身につけなければならない。


物理的な打撃にはある程度、強いが、魔法にはそうでもない。


鎧そのものに高度な防御魔法を施せば価格はうなぎのぼりとなる。


どう考えても単騎が、千や二千の軍を蹴散らせる人間の上位存在が跋扈する世の中では、最適解ではありえないのだが、もともとが騎士階級から成り上がった封建領主を先祖にもつ彼らは、軍備強化を図る際に、この英雄譚に登場する昔ながらの軍組織しか思いつかなかったのだ。


幸いにも、竜種や精霊種、神子といった上位存在は、軒並み姿を消し、相手は主に同じくらい愚かで、古色蒼然とした武威をかまえる同じ封建領主がほとんどになっていた。


幸いにも、権威主義的なアルジャール伯爵の騎士団には、『城』の城代からの手紙は実によく効いた。


多少のバタバタのあと、ぼくらは、面会室(応接室とよぶには、なんの装飾もなく、ベンチのような椅子とテーブルのみ)に通された。


なんだか、お湯を出された。

扱いは悪く無い。

というより、この程度の街では、沸かさずに飲める飲料水なんてないのが当たり前だ。


最初に副官と称する人物が現れた。


まだ若い。

よく鍛えた体つきだったが、防具らしきものは、革の胸当てだけで、どうも事務方の仕事をしているようだった。


「グリントと言う。」


口調はとくに乱暴でも丁寧でもない。

突然、訪れた冒険者に対するものとしては、いたってふつう、だ。


「バルディ副団長は、夕刻には帰ってくる。」


と、彼は言った。


「それまで待ってもらうことになるが?」

「こちらで、お待ちしてもよろしいのですか?」


と、ぼくは尋ねた。


「もちろんだ。というより、こんな怪しげな用事で尋ねてきた相手を、そのまま返すわけにはいかないので、これは実質的に拘束に近いものだと考えて欲しい。」

「実に慎重で理にかなった行動だ。」


ロウは、フードを下ろして、口元はストールで覆っている。

ほかの2名の「貴族」サマ方も同様だった。

吸血鬼の瞳きわめて、危険なもので、街をあるくときは、フードを深く被ったり、サングラスで目を隠す。

口元をかくすのは、牙を隠すためであり、これは「貴族」のみなさまの定番のスタイルだった。


グリントさんは、あらためて、三名にむかって丁寧に一礼した。


「失礼ながら。まだみなさまのお名前を伺っておりませんな。」

「わたしはアデル。こっちの頼りなさそうな魔法使いがルウエン。わたしたち二人はランゴバルドの冒険者学校の生徒で」

「アデル。どうもグリントさんは、ぼくらとラウレス以外の三人のことを知りたがっているみたいだよ!」


「わたしは、ルーデウス。伯爵級だ。」


ぼくの一応の主は、フードをとった。


「冒険者として活動していたから、名前は知られているかもしれないな。」

「秘宝探索者ルーデウス伯爵ですか!」


グリントは、驚いたようだった。


「存じてくれているとはありがたい。

活動の拠点にしていた街が戦乱に巻き込まれてな。『城』に退避しようとしたところで、このパーティに、協力することに、なった。」


「高名なルーデウス閣下に、お尋ねいいただき、光栄です。

他の、おふたりも、ルーデウス殿のパーティメンバーということですか?」

「いや、彼女たちとは『城』で知り合ったのだ。こちらは、アルセンドリック侯爵ロウラン。

かつて、カザリームのトップランカーのひとりだったが」


「しばらく、活動ができなかったので 、な。よしなに頼む。グリント殿。」

ロウランは、幅のひろい帽子をかぶり、マスクで顔をかくしていた。


一応、大雑把ではあるが、吸血鬼の力はその段階において、爵位で示される。

侯爵級は、そうめったには見ない、希少かつ、強力な吸血鬼だ。


人類の亜種として、正式に認められた吸血鬼だが、高位貴族級を複数、お目にかかる機会はそうそうはないだろう。


「最後のおひとりは、伯爵級でしたな。

名をお聞かせ願いますか?」


「グリントくん。まえに使者として半年ばかり前に『城』に来てくれた際に、わたしたちは会っているよ。」

「?」

「ロウ=リンドだ。」


ひえっ!

と、叫んでグリントは、尻もちを、ついた。


「あのときは、たしか目の再生を受けたばかりで、視力はかなり制限されていたはずだ。

視力のほうはいいのかい?」


「た、たしかにリンド伯爵閣下!」


ロウは女の子にはめずらしく、襟足あたりで髪を短くしていた。

サングラスを外した瞳は深い湖の青。


「真祖みずからが、『城』からお出かけになるとは。このことは我が主であるアジャール伯爵閣下にもぜひ、お知らせを!」

「私たちは、忍び旅なんだ。大袈裟にしてもらってはこまる。

要件は、そうだな。おぬしになら話したも構わんか。」


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