祝福
駆けつけてくれた若おかみ……みながそう呼ぶので、バルディもそうよんでいたが、サブマスターのドロシーは、バルディが、姿を消したことを知り、彼の後を追いかけてくれたのだ、という。
バルディ自身が、うすうす感づいていたとおり、道案内の看板を見落とし、とんでもない方向に歩いていた。
途中までは足跡を追えたのだが、雪が激しくなるにつれ、それも覆い隠され、さらにバルディが途中で、足を踏み外して、滑落してことが、さらに状況を難しいものにした。
時刻はもう、夕暮れに近い、という。
丸一日。バルディは、全くムダにほっつき歩いていた事になる。
「村に戻るまでに完全に日が暮れわ。」
ドロシーは、木立の間に必要なスペースを見つけると、手をかざした。
雪がかたちをかえて、半球を形作る。
そのに穴をうがって、バルディを手招きした。
「夜道をあなたを連れては歩けない。
ここで、夜を明かすから。」
バルディは、なんとか二人分。座れるスペースのあるその中に倒れるように座り込んだ。
自分が、もう動けなくなっていることに気がついた。
食べるものも持っていないことに、ドロシーはがっかりして顔は見せなかった。どうせ、そうだろうと思っていたのかもしれない。
「なんでこんなことをしたの!」
2人は、ドロシーが用意した硬いパンを沸かしたお湯に香草と塩をいれただけのスープで流し込んだ。
「わたしが貴族だってことを喋ってしまったからな。」
バルディは、言った。
「もう村には居づらいだろう。
それに、帰ったら軍役があるのも本当だ。たぶん10年かもう少し、全く自由はなくなる。」
「だから、魔女の祝福をうけにきたの?」
「いや。」
それは単純にそんなものではない。
「ぼくの」
知らず知らずのうちに友達言葉になっていた。
「友だちが大怪我をしたんだ。生命は助かったけど、失明してしまっつ。
ぼくの故郷ではそんな傷を治せる治療師がいなくて。
ぼくと同じくらい剣もできて、頭のいいやつだったけど、もうそれで一生終わりだ。
ほかは、どうかわからないけど、うちの領地では軍に入らないと、まともに結婚は出来ないんだ。
ぼくだって、伯爵家の嫡男であるぼくでさえ、あと一月半すれば入隊しなければならない。
戦いはいつもある。たいていはとなりの『教皇派』との小競り合いだけど戦死者もでる。そうでなくてももう、戦えないような怪我でもしたら。」
「軍にも、まさか治癒士はいないの?」
ドロシーは、顔を歪めた。
「いるけど、重症になると回復にも時間がかかるだろう?
それだけで、男としては失格と見なされるんだ。」
「ちょっと待って。」
ドロシーは頭を抱えた。
「男のひとは、無条件で軍役にとられて、日常生活にも支障をきたすような怪我を負うとそれは、名誉の負傷でもなんでもなくて、再生医療も受けられないまま、除隊させられるの?
なら、誰が生活をまわしてるの?
農業は? 家を建てたり修繕したり。
男性向けの力仕事は、どうしたってあるわよね?」
「怪我やその他の理由で途中除隊した男だよ。」
バルディは応えた。
「彼らは結婚もできないから、
家族を養うこともない。だから低賃金で雇えるんだ。いろんな障害をもってても適材適所でね。なにか仕事はあるもんさ。」
「あまり、いい社会じゃないような気がする。」
「それは、たしかに理想郷ってわけじゃないけど、それは、どこでも似たり寄ったり、じゃないかな。
ぼくには兄がいて、剣がうまくって自慢の兄だったけど、足を怪我して途中除隊したんだ。
再生医療は受けられたんだけど
もう軍役は無理って言われてね。
伯爵家の跡継ぎは、ぼくになった。
兄は、一生部屋住みかな。」
「再生医療をうけられたのよね? なら、元通りに動かすのは本人の努力しだいじゃないの?」
「そんな高度な治癒技術が必要な治療を受けて、さらにリハビリに何ヶ月も賭けることがすでに、非効率だろう?」
「それだと」
ドロシーは頭をかかえていた。
「人的資源の無駄使いよ。お兄さんは貴族だから養ってもらえるけど、ふつうの人は、ろくな治療も受けられないまま、もし助かっても、下働きみたいな仕事しか出来ずに生涯を送るんだね?
それだと、ちゃんと軍役をおえたひとはどのくらいいるの?
男女比がえらいことにならない?
一夫多妻制?」
「ぼくらは聖光教徒だよ。」
バルディは、それには異議を唱えた。
「愛する伴侶はひとりだけだ。」
「でも女の人が余らない?」
「男女比のこと? それはあるんだけど、軍役を満期除隊していない男のところに嫁ぐ女の子なんていないよ。」
ふわふわと、ドロシーの顔が霞んでみえた。
ドロシーが、またバルディの胸元を掴んで揺さぶった。
「ここは、眠るには寒すぎるわ。
凍死する危険があるから!眠らないで。」
「わかった。」
と言いつつ、バルディの体なゆらゆらと揺れる。
「ほんと、に、さむ。い、ね。」
「体温が下がってるわね。」
僅かにためらったが、ドロシーは、上着を脱いだ。さらにその下に着込んだ防寒具も。さらに下着も。
「あなたも脱いで。」
「……」
「肌であたため合うしかない。まあ。」
ドロシーは、バルディの股間にちらりと目をやった。
「そちらもしょうがないと思うから。『祝福』はしてあげる。」
ドロシーは、翌朝、バルディを麓の村まで送っていった。
バルディは、晴れやかな顔でなんどもなんども、ドロシーに礼を言った。
愛しているとも言った。
もし、軍役の途中でも一人前の騎士になれれば結婚ができる。
そうしたら必ず迎えにくるから。
ありがとう。待ってるよ。
一応、爽やかな別れを演出するために笑ったが、そんなものはないのはドロシーには、よく分かっていた。
はてさて。
本人も意識しないままに、銀雷の魔女の『祝福』をうけたものにもその効力はあるのだろうか。
ドロシーは、重い足取りで、ミルラクへ向かった。
とにかく、もうミルラクも離れた方がいいだろう。
彼女は元々、街中で育ったので、誰一人訪れるものも無い山中の庵や、迷宮のなかは暮らすのは、あまり快適ではないのだ。
だが、また『祝福』を求めるものたちが、列を作られてはかなわない。
今の世は、銀雷の魔女に撮ってもあまり過ごしやすいものではなかった。
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