冬枯れ
怪物は、蝙蝠というよりは牛を思わせた。
ガランドウ迷宮に巣食う牛頭蝙蝠だった。ツバサは巨体に似合わず、背中にちんまりと生えている。
利用価値もない(肉は臭くて食えない)
魔物だったが、定期的にまびかなければ、迷宮から溢れ出て、村を襲う。
家畜や、過去には、子供が被害にあったこともあったらしい。
バルディは、ふんばって、槍を突き出した。結構な勢いで飛んできた牛頭蝙蝠の心臓を一撃で射抜く。
…
旅を初めて、ひと月が過ぎようとしていた。
エルミーの村には、銀雷の魔女の姿はなかった。
そもそも戯曲家が、芝居をつくるときに完全に創作で、エルミーの村を舞台にしただけらしい。
失意のまま、バルディは、さらに山中深く、旅をして、二コスの村を訪れた。
ここは、以前にたしかに銀雷の魔女が住んでいたらしい。ただし、もう10年以上前のことだった。
村の子供に文字を教え、病を癒し、人々から慕われていたらしいが、バルディのような若者が次々と尋ねるようになって、それがいやになって、村を出ていってしまったのだと、バルディは言われた。
それでも、さらに北に魔女はむかったとの情報をえて、さらにさらに。
バルディは北へ向かった。
その頃には路銀も底をついた。
ここは、ミテラクという。
周辺のいくつかの集落の中心らしく、100近い世帯が暮らしていた。
ここの冒険者ギルドで、バルディは、資金稼ぎのために、冒険者稼業に精を出していた。
とは、いったものの、畑を荒らす害獣退治くらいの仕事しか来ず、まったく資金はたまらない。
「ひい、ふう、みっつ。 」
3匹か。そう言って、リーダーのナフザクは、牛頭蝙蝠の舌を切り取った。
これが討伐のしるし、となる。
「よくやったな、バルディ。心の臓を一突きだ。」
ナフザクは、そういって、血まみれの舌を腰袋にさげた。
洞窟からでると、辺りは吹雪いていた。
バルディは、マントをかたく身体に巻き付けた。
今回は迷宮による討伐だ。
いつもの害獣退治よりも、実入りは大分いいだろう。
これで、ようやく、次の場所を尋ねることが出来るかもしれない。
しかし、この天候は。
春には、故郷に帰って騎士団に入らなければならない。
バルディがこの1ヶ月に学んだことは、自分が英雄譚の主役ではない、という事だった。
立ち寄った酒場のマスターは、別に秘密の情報を耳打ちしてくれたりはせず、偶然、暴漢に襲われかけたお嬢さんを助けたら、それが銀雷の魔女の弟子だったとかいう。
物語にはかならずおこるラッキーな偶然など、まったくない。
噂をたどる旅は、彼をどんどんと辺鄙へ。
それこそ、国も国境もない僻地へと彼をいざなっている。
このミテラクを旅立てば、もはや、住む人のない荒野を抜けて、その先は一年中氷に閉ざされた山々がそびえ立つだけだという。
銀雷の魔女は、いま彼らが狩りをした迷宮に半年ばかりは滞在していたらひい。
らしい、というのは、ここでは、彼女は特に何もせず、少しの買い出し以外には姿を見せることもなかったからだ。
ある日。村1番の狩人であるソロスが、彼女に「祝福」をさずけてもらうように頼むと、黙って村を出ていった、という。
いくつかの容貌的な特徴は、たしかに銀雷の魔女と似通っていたが、それがほんとうに彼女なのかは分からなかった。
もっと。ひとがいないところに行かないと。
そう呟いていたのを、きいた村人がいる。
報奨金の分前は、バルディが予想した通りの金額だった。
これで、魔女探しに旅立つことが出来る…。
いつも任務達成の祝賀会の席上で、バルディは、酒場の(田舎町によくある事だが、そこはギルドも兼ねていた)
の若おかみに食ってかかっていた。
きれいな女性である。
この村の出身者ではないらしいが、よく働く。所作もキビキビしていて、しかも新入りのバルディに対しても、笑顔を忘れない。
「春先まで暮らす家ってどういうことだ!?」
「だから、吹雪始めたら旅なんてとても無理よ。」
困った子どもをあやすように、若おかみは言った。
「もうこうなると、行商人も来ないし、狩りも採取も出来ないわ。ここに留まるしかないの。」
「わたし、は。」
バルディは叫んだ。
「年が変わるまでに、故郷に入らなければならない。軍役が、決まってるんだ!」
「旅は、無理よ。」
若おかみは、窓を開いた。凄まじい吹雪が飛び込んできて、何人かが悲鳴を上げた。
「ね?」
彼女は、急いで窓を閉めると、にっこりと笑った。
「こういう、ことよ。」
バルディは立ち上がった。
精々10日くらい。山々にわけいるのに必要な食糧や装備を買い揃えるのご目的だったため、この酒場の2階に部屋を借りている。
そこに上がると、装備をありったけ、身につけた。
「おいおい、どこに行くんだ?」
酒場を出ようとしたバルディを、パーティリーダーのナフザクが止めた。
「山は無理だぞ。自殺行為だ。」
「なら、仕方ない。故郷に帰る。」
「そっちも、おすすめできないなあ。理由はおかみさんの、言った通りだ。」
バルディは、リュックを床に落とした。
たしかに。
「吹雪が止むまでは、無理、か。」
「正直、止まないのよ、ここの吹雪は、ね。」
若おかみが言った。
「食糧の備蓄は充分にあるから、春先までゆっくりしたいきなさい。」
「しかし。軍役が!」
「軍役が嫌で旅に出たんじゃないの?」
この一言は、バルディを激昂させた。
彼は、若おかみに掴みかかった。
その瞬間、世界がぐるりと周り、彼は床に叩きつけられていた。
ごぎっ。
肩に激痛が走り、バルディは悲鳴をあげた。
「折った。のか?」
「外れただけよ。大げさな。」
ふたたび、自分の体のなかで、異音が走り、バルディはのたうち回った。
だが、外れた肩は戻っている。
痛みはひどいが、動かすことはできた。
「西域全土は大騒ぎ。」
若おかみは、言った。
「若いものは、どんどん兵隊に取られて、戦いにむかってる。ひとりくらい例外はいてもいいのよ、バルティ。」
「わたしは、貴族の嫡男なんだ!」
バルディは、叫んだ。
「わたしのところでは、もっと幼い頃から、兵士の見習に招集されている。
わたしひとりが軍役を逃げ出すことなんてありえないんだ!」
「くだらないわ、バルディ。」
若おかみは言った。
「強力な力をもつものが、千の軍隊を無双してしまうのがこの世界よ。
あなた方、一般兵のやることって知ってる?
街を焼いて、武装してない一般市民を殺したり、金目のものをうばったりするのが仕事よ。そんなものになりたいの?」
「それでも」
バルディは座り込んだまま、すすり泣いた。
「わたしだけが、逃げ出すことは出来ないんだ…どのみち…五体満足で兵役を終えられるものは、5人に1人だ。
だから、魔女の『祝福』が欲しかったんだ。」
「まったく!」
若おかみは、バンパンと手を叩いた。
「今夜はもうお開きにしましょう。
吹雪が止んだら、ふもとまでわたしが送ります。」
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