少年の旅路

再生魔法というものは、万能ではない。

戦いの最中に、もし、腕がにょきにょき生えてきたりするのは、もうそいつが、人間をやめてしまっていることの証だ。


十分な施設の中で、時間をかけて行う必要があり、また、欠損した器官をもとのように動かすまでには、長い調整期間が必要だった。


視力も同様だ。

見たものをきちんと認識して、日常生活に支障がないレペルに回復するのは、半年はかかる。


「それは、気の毒にな。」

と、酒場の主は言った。


それでも、すこし前まで。この動乱がはじまる前までは少なくとも、四肢の再生や視力の復活といった治癒魔法は、ぎりぎり、庶民のレベルまでおりてきていたはずだった。


もちろん、一家の大黒柱の腕を治すのに、娘が身売りしたなどという話もあったから、楽な金額ではなかったはずではある。


だか、奇跡の業は失われた。

交通が不便になり、教育が行き届いかない地域からは、高度な魔法、高度な治療は、ゆっくりとだが、着実に喪われていった。


いまは、アジャール伯爵領には、四肢や視力の再生のできる治療師は、年に1度回ってくるだけだった。

高度な治癒魔法を使えるものは、みな軍属になってしまっている。


領主やその縁続きのものならば、軍属の治療師の力を借りることも出来るだろう。だが、平民たちは。


「ヤツの家は裕福ではなかった。次回、治癒士が訪れた時、治療を受けさせるかどうかは半々といったところだろう。」


「人間はたしかに、個々を見れば弱いな。」

酒場のマスターは、重々しく頷いた。 「集団となり、装備が整えばたいていの魔物は凌駕できるが、それでも怪我人はでる。そして、その治り具合は、誠によくない。

そうか、それで人並み外れた“運”を求めるか。」


「そもそも、伝説の魔女に出会えるかどうかが、“運”なんだがな。」


バルディは、笑った。


ここから、山間を踏破してエルミーまで行くつもりだと話すと、マスターは、地図や防寒マント、杖などを差し出した。


「本当は、ガイドに冒険者のひとりも雇うことをおすすめするんだが。」


彼が言った価格が妥当なものか、どうかはわからない。だが、法外と言えるような金額ではなかった。

ほかに店を探す手間も考えて、言い値で装備一式を受け取った、バルディに、マスターはそんなことを言い出した。


「冒険者ギルドの場所がわからない。」

「いや!おまえさんのいるここが、ロザリアの冒険者ギルドなんだが。」


知らないではいって、色々と話し込んでいたのか?

と、ギルドマスターは笑った。


さすがに、ガイドを雇うほど金もなく、バルディは、礼を言って店を出た。




山道は、一応、迷うことはないように、所々に標識があったり、石が置かれていた。

狭く、険しい道のりであったが、体力には自信がある。それよりも、全く人とすれ違うことがまったくないのが、バルディを消耗させた。


本当に道はあっているのか。


もし、日が落ちるまでに、エルミーの村にたどり着かなければ、野宿しなければならない。

当然、夜行性の獣に襲われる心配もせねばならないし、食べ物はふかした米を乾燥させた行軍用の携帯食を一回分、持っているだけだった。

もちろん、道に迷ったら、生死に関わる。


そのまで、運は悪くないだろう、と、バルディは、自分を鼓舞した。

自分は、伯爵家の一員として、勇敢に戦うのだ。そのために、銀雷の魔女の祝福をもとめにきたのに、あっさりと遭難で命を落とすなんてありえない。



吹く風の冷たさが、マントを突き抜けるようになってきたころ、バルディは、やっと、家の10件ほどもあるちいさな集落にたどり着いた。


ここが、エルミーの村だった。


最新の情報では、銀雷の魔女の庵は、この近くにあるはずだった。

重くなった足取りを、早めて、バルディは、村にはいった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る