第五章 銀雷の夢
バルディは北を目指す
バルディ・アジャールにとっては、それは初めての冒険だった。
年齢は、16歳になったばかり。
彼の物心のついたころには、ギウリークはほぼ瓦解し、形ばかりの首都ミトラと、まったく言うことをきかない地方領主からなる国呼べない集合体となっていた。
そのなかでも、派閥はいくつかに別れ、いがみ合い、滅ぼし、滅ぼされ。
バルディの父親である伯爵は先見の明と行動力があった。
いち早く自分の領地に、駅をつくり、領地内外への交通を、魔導列車に絞ったのである。
いち早く街道を閉ざしたことで、これは、国を、あるいは主家を失い、野党となった兵士たちの脅威から、領地を強固に守ることにいち早く、成功したのである。
さらに、派閥として「改革派」を選んだのも賢明と言える。
「改革派」には、ギウリークが国家として曲がりなりにも権勢を保っていた頃からの大立者、アライアス侯爵とガルフィート伯爵が健在で、ミトラを中心にある程度、指導力をもっていたからだ。
平和な世なら16はまだ学生だった。
勉学に、あるいは恋にうつつをぬかしていでよい年代だ。
だが、この乱世では、男ならば無条件に、兵役がある。
伯爵家の子息でも?
いや、伯爵家の息子だからこそ、16まで軍と無縁でいられたのだ。
これから、少なくとも10年。
父の指揮する騎士団にはいり、ひとを殺したり殺されたりするための作法を学び、!できれば殺す側に回るための技術を身につけるのだ。
バルディは、自分は勇敢だと思っていた。
学校でも、座学と、並行して、戦闘の訓練があり、バルディはどちらも優秀だった。
あとは、おまえに必要なのは、経験と、運だな。
一番上の兄が、卒業をひかえたある日に、バルディに言った。
兄は、優秀だった。
自慢の兄だった。
だが、戦で両足を失う重傷を負った。
再生はなんとかなった。
いまでは、杖を使えば外出もできるまでに回復した。
ですが、もう戦働きは、ご無理でしょう。
というのが、治療師の見立てだった。
その兄が言った言葉に、バルディは反発した。
運など当てにはいたしません。わたしくには、父上と兄上から受け継いだ剣技があります。
兄は、ため息をついて言った。
だからこそ、だ。
それを生かすには“運”が必要なのだ。
バルディは、学校の卒業式の翌日に、郷里をたった。
騎士団の配属までは、み月ほどある。
騎士団に入ってしまえば、寝る間もないほどの鍛錬の日々が続く。もちろん、休日などはない。
なので、この間に、男たちは、今生の分かれとばかりに遊び回るのだ。
酒、博打、そしてもちろん女。
騎士団では、衆道が一般的である。
若くて見栄えのよい新兵がその餌食になるのは、日常茶飯事だった。
ならば、女にはたたない体に仕込まれる前に、女も大いに体験しておくべきだろう。
実際にそれがわかっているからこそ、この三ヶ月があるのであり、長子の場合などこの間に嫁をとらせて、跡継ぎをつくらせる場合など、いくらでもあった。
バルディは、書き置きを残して、家を出ている。
北の地に住む「銀雷の魔女」に祝福を受けてくる、と。
そして、いま、彼は北の街ロザリアにいる。
魔道列車がなければ、そこまでたどり着くだけで三月などとっくに過ぎてしまっていただろう。
街道が整備されていた昔では無い。いくつかの街道は閉鎖的な領主によって封鎖され、また跋扈する野盗によって、安全なルートを確保するのも一苦労であった。
北の駅のロザリア。
もともと、ここが長きに渡って、魔道列車網の最北端の駅であった。
現在では、魔道列車はさらに北方。
グランダやクローディアまで、延びている。
だが、バルディが目指す場所は、ここから徒歩で山を越えたエミルーの村であった。
若き才能のある若者に「祝福」を授けるという「銀雷の魔女」は、歌劇や歌、小説と様々な媒体に広く取り上げられている。
彼女の「祝福」を授かったものは、例えば、ガザリームの天才魔導師にして魔術学会議長であるドゥルノ・アゴン。魔拳士ジウル・ボルテック。さらには、銀灰皇国の皇配ゴーハーンなどの名があがる。
バルディは、身をすくめた。
北の山脈から吹き降ろす冷風が、ここまで届いているかのようだった。
実は、ロザリアはそこまで、北ではない。
少々風は冷たいものの、農作物は、ふつうに育つし、冬場を通してとけない雪が積もるほどでもない。
それでもアジャール伯爵領に比べれば、五六℃は低い気温だ。
ここから、野宿をしながら、山に分けいる。
エルミーの村を目指すのは、最新の銀雷の魔女の、情報が、エルミーの村の近くにある山の祠だという、ただそれだけだった。
情報を集めながら、探索を続けるのだ。
不安はもちろんあるが、バルディはワクワクしていた。
自分がまるで、勇者ものの登場人物なったような気がしていたのだ。
割と閑散とした駅前の商店街のなかに、居酒屋を見つけて、扉を開ける。
まずは情報収集だ。
だが、時間もはやく、酒場には客はいない。
「なんだ。」
「酒をくれ。」
すこし緊張したが、カウンターに座り込んだ。
運ばれてきたグラスに口つけ、バルディはむせ込んだ。
田舎でも上水道が完備されていた時代もあったらしい。
だか、今は、衛生面もあって、かれの故郷のような片田舎では子供でもエールを飲む。
その彼にしても、強すぎる酒であった。
その反応は、分かっていたらしい。
酒場のあるじは、ピッチャーにはいった果汁を差し出した。
「グランダの白酒だ。大の男でもそのままではまず飲まない。」
「さきに言ってくれ。」
からかわれたバルディは、そっぽを向いた。
「目的は銀雷の魔女かい?」
「なんで、そんなことわかるんだ?」
「俺だって会ったわけじゃあないが、いるって、噂の祠やら、庵やらのウワサはのこのあたりに集中してはいるな。」
オヤジは下卑た笑いを浮かべだ。
「ああ、たしかに2ヶ月後には、入隊だ。」
「その前に男になっておきたい、か。」
「ああ、そうだな。」
バルディはグラスを口に運んだ。たしかに果汁で割ったら信じられないほど口当たりがいい。
「だが、それだけじやないんだ。俺は本当に幸運ってやつが欲しい。」
オヤジは、木の実の殻を向いてあぶったものをさしだした。
「何か、あったのか?」
「些細なことだ。俺と学校でトップを競ってた友人が、不慮の事故をおこした。失明だ。」
「なおせなかったのか?」
「平民だったからな。」
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