【幕間】演出するもの

ルウエンが通路を曲がると、そこはもう別の世界だった。


光、はある。だが、なにがあるのか分からない。

床はある。天井は? 壁は?


たしかに存在している。


なら、なぜ、彼はそこが『異界』だと思ったのだろう。


「哀れな王子よ。」


声は同情するように、柔らかに響いた。


「本当ならば、おまえの傍らには愛する伴侶がいて、頼りになる仲間がいて、友がいた。

すべてを失った感想はどうだ。」


ルウエンは、答えなかった。


「すべてに忘れ去られた感想はどうだ。」

おまえの友人たちは、面と向かってもおまえを思い出すことはなかった。

このまま、この荒廃した世界で、孤独にひとりさまようか。」


ルウエンは、少し考えてから言った。


「それは困る、と言ったら?」

「ほかの世界に転生させてやろう。

ここと似たような世界だが、はるかに豊かだ。そこの有力な王国に王子として生まれされてやろう。

両親の愛情に育まれ、美しく忠実な伴侶にも恵まれ、偉大な王として即位し、皆の尊敬をうけて、幸せに満ちた生涯。」


「どうかな。」


少年は首を傾げた。無邪気にも見える可愛らしい仕草だった。


「考えるまでもあるまい。このまま、旧友たちに血を流させながら、この世界をさまようか。

安楽で実りある人生をやりなおすか。」


「いや、そうじゃない。」

ルウエンは声の主に向かって言った。

「あんたがたの、契約はリウに、神域にまで手を出させないためのものだ。だが、それはそちら側から、人間界に干渉も出来なくなっている。もし、ぼくに手を出してしまえば、契約を自分から廃棄したことになるよ?」


「それは、“この世界”を巡っての契約だ。おまえはもうこの世界には属してはいないのだ。」


親切めかした声色は、一変し、少年を嘲るものに変わっていた。


「もう一度、きいてやろう。どんな気分だ。

おまえの記憶が、すべてのものたちから消え去ったのは、おまえ自身の“認識阻害”の魔法から派生した現象だ。いわばおまえは自分で自分の首をしめた。」


「……」


「たった一人でこの世界を修正して回るつもりか?

出来るはずがない。この虚しい足掻きをいつまで続けるつもりなのだ?」


「…たしかに無惨なほどに、この世界を引っ掻き回してくれたね。」

ルウエンは、静かに笑った。


声は中断した。

いや、ありえない。

そんなことは、ありえない。


自分がこの少年に恐怖を感じるなど!!


「まあ、こいつを立て直すには、たしかにぼくがぼくだと、わからない方がいい。

リウやフィオリナにとっても。アデルや、ロウ、ギムリウスにとっても。

まさに、“認識阻害”の出番!なんだけど。」


くすくすと耐えられないように、少年は笑い声を出した。


「うまい具合に、認識阻害をかけてくれたやつがいるじゃあ、ないか。

あんたがたは、ひよっとしてあれか?

ぼくの隠れたファンかなにか、か?」


今度こそ、声の主は絶句した。


ルウエンの言う通りの一面があることに、気がついたのである。


ルウエンの存在にいまのいままで、彼らが気づけなかったのも、まさに認識阻害のせいなのだ。


「これからどうなるか。楽しみだねえ。」


少年は手を振った。


「さあ、ぼくはぼくのするべきことをする。

あんたがたは、指を咥えてそれを眺めてるんだ。

この空間を解除するかい?

ぼくが壊してもいいけど、そうするとあんたたちが痛い思いをするかもしれないよ?」

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