第59話 <第四章最終話>それぞれの旅立ち

ゲオルグは、目の前の女をたっぷり10秒ばかり見つめた。

まだ、十代にしか見えない女性をそんなふうに見つめるは、非礼のような気はしたが、今回は仕方がない。


「おまえが同行する、というのだな。」


諾、

と、少女は答えた。


「相手はドロシーだ。わしもなんども顔を合わせたことがある。たしかにかなりの僻地ではあるが、旗本衆に同行してももらうほどの危険は」

と、言いかけて、ゲオルグは、しわ深い顔をいっそう歪めた。

「そうか、リウは、わしを信用しておらん、ということか。」


当然。

当たり前のことを当たり前に言うように、少女はつぶやいた。


「しかし、よりにもよっておぬしとはな!

“災厄”のジェイン。」


これには、返答はなかった。

少女は、さっさと歩き出していた。向かう方向は、北。


何歩か進んだところで振り返った。


「ついてこい。」


「…」


「来なければ来ないでもいい。わたしの稼働時間は短い。自動修復で体をベストな状態に保てるのはせいぜい一月だ。

先を急ぐ。」


“災厄”のジェインは、魔道人形だ。

そして、5年間以上継続して稼働し続けた魔道人形は、人として遇することを認められている。

それは、その間に「生きる」ものとして、必要な知識、経験をつんで一個の人格を形成できるという証であり、また、それだけの期間、稼働し続けられるのは、それだけ優秀な魔道人形であることの証である。


製作者は、伝説の魔導師。元グランダ魔道院の“妖怪”ボルテック卿。

そして、そのモデルになったのは、「災厄の女神」自身だという。

何度かの改造を得て、いまのジエインは、十代半ばの少女の外見を持っている。


得意はものは、「殺し」。


そして。

リウの命令には、絶対服従。

それも言われたことをそのまま。あまりにも愚直に遂行する。

現場での判断や、リウの命令にこんな裏の意味がある、などは一切考慮しない。


ゆえに恐れられ、一部のものからは、忌み嫌われている。


“よりにも、よって、殺戮人形”とはな。


ゲオルグは、人形ならではの疲れを知らぬ歩調についていくために、風の魔法で自分の歩幅を補助しながら思った。


“ドロシーが素直に、召喚に応じなければ殺せ、ということか!”



■■■■■



「ほ、報奨金、ゼロ。」

誇り高きルーデウス伯爵は、へたりこんだ。


うん。

と、目の前の少年は爽やかに答えた。


「尖塔をひとつ、吹き飛ばしてしまったからね。その補修に当ててもらう。」


「あ、あ、あ、」

ルーデウスの手を掴んで、ルウエン少年は言った。

「ひとを指さすんじゃありません。」

「そ、そ、そっちの分の報酬は!!」

「そっち? ああ、ロウランを停滞フィールドから解放したこと?」

「そ、そう。そっち。」


少年はため息をついた。


「それは、とくに依頼された仕事じゃないからなあ。

ぼくが、『踊る道化師』のメンバーにロウが欲しいってお願いして、ロウは、ロウランをあの状態においたまま、パーティ活動は出来ないって言われたので、勝手に、ぼくがやった事だから。」


「ち」


「え? なんだって?」


ささやくような声に、ルウエンはルーデウスの耳元に顔を近づけた。


「血イイイィ!!」


ルーデウスの目はひと睨みで人間を傀儡にする。

牙は、ルウエンの首筋にあらたな跡を穿つた。


「あーあ。」

ルウエンの顔色が、青ざめていく。

「また、アデルにおこられるぞ。」



濃密な数分間が過ぎた。

口元から、滴る血を、舐め取りながら、ルーデウスは、ルウエンのあしもとにしゃがみ込んだ。


その瞳が恨みをこめて、ルウエンを、見上げた。


「なぜた!!」

ルーデウスは、悔しそうに叫んだ。

「なぜ、これだけ吸血してもおまえは、」


「いや、ちゃんと従属関係はなりたってるでしよ? 記憶だって一部共有できてますよ、ね?」

「だって、従属してるのは、どう見たってわたしのほうじゃないかああ!」


その後頭部を、ガツンとアデルは拳で殴りつけた。


「細かいことはいいんだよ!」

「こ、こまか…」


ほら。

と、言いながら、アデルは、錠剤をルーデウスの口に放り込んだ。

ルーデウスは、それを飲み込んだ。

内容はわかっている。

真祖の血から作られた薬。


闇の貴族であるルーデウスにとって、致命傷となる陽光への耐性を与える。


「じゃあ。行きましょ」

言いかけたルウエンの体を、アデルがひょいと担いだ。


「な、なんだ、アデル。ひとりで歩けるって」


どうも、この少年は、アデルの母が使うという「血を吸った相手を従属させる」というトンデモ魔法を本当に実際に使えるらしい。

それはそれで、安心したアデルだったが、やっぱり、年上のお姉さんにルウエンがスキンシップされるのは、いやだった。

それに、実際に血を吸われたあとは、当たり前だが貧血になったりするのだ。


「みんな、駅前で待っているよ。」


うしろから、転げるように追いかけてくるルーデウスを無視して、アデルは言った。


「最終、ドロシーが足取りは、ヤーマンで消えている。わたしたちはまず、そこを目指すからね!」

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