第55話 真祖の恋人

祝賀会を、主役不在のまま続けるように、命令して、ぼくとロウ=リンドは、尖塔の階段を登る。


ロウの俯いて何かを考えているようだった。いろんな急展開に、さぞや、頭のなかは、ぐるぐると混乱するばかりだろう。


でも、その唇に浮かんだ笑は晴れやかにみえた。


「ミイナは。ああ、おまえも会ってるはずだ。

カザリームの当時のトップランクの冒険者アルセンドリック侯爵ロウラン。わたしがはじめて会った時は、9つの子供でな。ミイナと名乗っていたんだ。」


ロウは、歩きながらそう言う。

ぼくは頷いて

「覚えてる。氷雪魔術をつかう方だよね。」

そう答えた。


アデルたち、それにロウの部下の貴族も同行しようとしたのだが、ロウが断ったのだ。

ギムリウスはとりわけ、ついて来そうだったが、式の途最中にトップがいなくなることについては、みなが難色を示したので、お留守番をしてもらっていふ。


階段は、よく手入れされていた。埃ひとつ落ちていない。


「毎朝、わたしがお掃除するんだ。」

ちょっと、自慢そうに真祖は言う。

「ここは、基本、わたししか立ち入らないから。」


ところどころ、明かりとりの窓はあるものの廊下は薄暗く、正直、それほど頻繁に掃除の必要があるとも思えない。

神妙な顔で、ぼく、はロウのあとを着いて、階段を登るが、清掃がまあ、愛情表現だとは、まあ、彼女もかわりものではある。


丈夫な木製の扉には、古い錠前がついていた。

もっていた鍵を差し込んで、開けると、中は、ベットやら、テーブルやら。

窓にはカーテンもついていて、テーブルの一輪挿しは、さすがに枯れていた。

これはしかたない。

ロウ自身が、バルトフェルにでかけていたからだ。


「ただいま、ミイナ。」

ロウは、ちょっと、ひくほど柔らかな声で言った。


“おかえり。真祖さま。”


答えたのは、部屋の中央。

台座に固定されたクリスタルのなかからだった。

半ばを、明るいオレンジ色の炎で満たされたその中に。


止められた時のなかに、たしかに彼女は存在していた。

身体は半ば、炎の中に消失し、頭と首の一部しか残っていなかった。


整ってはいるが冷たい印象を与える顔は、苦悶の表情すら浮かべていない。

おそらくは。


「魔王憑きの古竜。そのブレスに巻き込まれたんだ。」


ロウが、クリスタルの表面にそっと触りながら言った。


「わたしたちの仲間。ドロシーを助けるためにね。一緒にいたギムリウスの眷属も巻き込まれて消滅した。

ミイナは、『停滞魔法』が間に合った。」


“あ。思い出したわ。”

クリスタルの中のミイナの念話は、明晰で、聞き取りやすかった。

“あなたは、あのときフィオリナテチームで参加していた魔道士ね。”


「ルウエンだよ。今度、わたしたちの『城』出雇い入れる事になったんだ。」


“物好きね。”

冷徹な美貌の淑女は、頭と胸しかないのに容赦ない。

“もし、あなたが魔力過剰のために長寿だというなららなにはともあれ、逃げることをおすすめするわ。

リウとフィオリナを何とかしない限り、人類社会、すくなくとも西域と忠言にはまともな社会を形成するのはムリね。

山奥にでもこもって、百年もくらせば、すこしはあの2人も落ち着くでしょう。”


「甘いです、侯爵閣下。」

ぼくは、目いっぱい友好的に微笑みながらばっさりと言い切った。

「あの二人はいつまで、生きるか分からない。そして、愛情なんてものは、長続きしなくても、憎悪だけは、無限に拡大して行くんですよ。

賭けてもいいですが、あと半世紀もしないうちに、西域から、国家という国家はひとつ残らずなくなるでさょうね。

生産も加工手段も。まともに文明と呼べるものを失った生き残りが、退去して中原に攻め寄せるのが次の十年。」


「ルウエンは、リウとフィオリナを止める、と言っている。」


ロウは、俯いたまま、クリスタルを撫で続けていた。


“本当にバカな子。”


まえに見た時の、アルセンドリック侯爵は、えりのぴっちりつまったドレスを着こなして、どこかの教壇にたつ先生のように見えた。

でもそんな言い方しちゃダメだぞ。生徒が登校してこなくなる。


“魔王をとめるものは、魔王妃のみ。そのふたりの諍いがこの世を混乱させているのだから。止めようがない。”

「踊る道化師。」


ロウの言葉に、あざけりの笑いはぴたりととまった。


“た、確かにね。『踊る道化師』が健在な間は、魔王は大人しかったわね。

ても、踊る道化師はもうないわ。

他ならないロウ。あなたとギムリウスの離脱によって、ね。”


「わたしもギムリウスも健在だよ。」

ロウは、クリスタルを抱きしめるようにして言った。

「そして、わたしたちにはアデルがいる。あの二人の子がね。まだ未熟なところはあるが旗頭には充分だ。」


“アデル?”


もちろんクリスタルの中の人影はピクリとも動かないが、精神的にアルセンドリック侯爵は首を傾げてみせた。


「そうだよ。」


“誰よ、それ。”


「リウとフィオリナの娘です。いまはランゴバルド冒険者学校に通ってる。在学中に銀級を取得した天才なんですよ。」

ぼくは口を挟んだ。


“それは凄いな。”

アルセンドリック侯爵は、感嘆した。

“在学中に銀を取得したのは、踊る道化師と、あのアウデリアだけだ。”


「アデルは、アウデリアさんの孫に当たるんです。当然と言えば当然。

で、そこで問題になるのが。」


アルセンドリック侯爵は、苦悶の表情を(精神的に)浮かべた。


“わたし、か。”



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る