第54話 復活の狼煙
とりあえず、ギムリウスには、城をもとに戻すように、厳命しておいてから、ぼくは(んなを向き直った。
強く言いすぎたかと思ったが、これはけっこう、危ないことなのだ。
城を巨大な人型に変形させる機構が備わっているということは、その機能を乗っ取られれば、場内の者たちをミンチに、城下町を更地にかえることができてしまう。
調子にのって、いろいろと「出来る」ことを増やすものでは無い。
一例をあげればこうだ。
「認識阻害」という魔法を応用して、自分を他人と見間違えるようにする。
これをちょっと弄かれると、自分という存在を世間から抹消させてしまうことが出来るわけだ。
どこのバカがそんなマネを?
まあ…いろいろ、と、ねえ。
「とにかく。守るべきものがいる以上、戦にになったらこちらの負けです。」
「まてまて。」
キール公爵が口を挟んだ。たしか公爵級の吸血鬼は、西域でも5人だけだったっけ。
強いのも強いんだろうけど、頭もキレそうだった。
「我々『城』は、中立国家として、認められているんだ。そうそういきなり、軍隊を差し向けてくるわけなかろう。」
「それは、正規の軍隊はそうでしょう。」
ぼくは言った。
「もともと直轄の軍は、リウもフィオリナもたいしてもっていません。影響下にある国を動かして、戦力を整えるには、ひと月はかかります。」
「その間に交渉ができる……いや。」
キール公爵は、アデルに睨まれてあわてて、付け加えた。
「例えば、アデル殿を、当面『城』で養育するようにさせたうえで、当人の希望をふくめ、この先どうするかを、“黒の御方”と“災厄の女神”の間でお決めいただくとかだな。
いずれにしても、武力で無理やり、アデル姫を拉致しても、互いに禍根を残すばかりで、姫ご自身も納得はできないだろう。」
「アデル!」
「なに? ルウエン。」
「姫とか呼ばれて喜ぶな。」
「喜んでないっ!」
顔を赤くして、アデルは怒鳴った。
「普通ならそれで、説得が出来るんですが、なにしろ、相手がリウとフィオナですよ?
まず言葉の前にこぶしがでます。」
そうたよなあ。
と、納得したのは、ロウとギムリウスだけだった。
「そもそも、この世界がここまで乱れたのは、リウとフィオリナ。伝説の魔王と破壊神が、はじめたケンカが原因です。」
「話しをそこまで戻すのか?
当面、“黒の御方”と“災厄の女神”からの軍事行動をどう牽制するかということが!問題なのではないのか?」
「まあ、そのから解決しないことには、何時までたっても『城』は人口過剰。アデルは、両親から逃げ回らなければならなくなります。」
「ルウエン。おまえは本当に面白いな。」
ロウは、落ち込んだギムリウスの頭を撫でてやりながら言った。
「なら、どうする。どう手を打つ?」
ぼくは、ロウの中性的な美貌を眺めながら言った。
「戦いを辞めさせるには、それだけの力を持った存在が必要です。」
「無茶な!」
キール公爵が吐き捨てた。
「かつての仲間であるご真祖さまや、ご城主さまの言葉も聞き入れないお二人だぞ。」
「昔は、少なくとも聞いてましたよ。
聞いてたはずです。」
「昔っていつだ。」
ロウは笑いながら言った。
「“黒の御方”との付き合いは長いが、いつだって、ヤツは自分勝手で我儘で。たしかに、“踊る道化師”が健在だったころは大人しかったが。」
ロウは、言葉を止めた。
笑いが凍りつき、眼差しが真剣なものに。
そして、その瞳が感情の昂りを抑えられずに、徐々に深紅にそまっていった。
「そうだな。“躍る道化師”があれば
あの二人も大人しくなるだろう。
いや、仲直りとかなんでも言うことをきいてくれるかはともかく、意見してやることはできるし、それならば、あの二人でも聞き入れる。」
ドン!
踏み鳴らした足元で、床が放射状に割れた。
ロウ=リンドは。
泣いていた。
涙は血の色をしていた。
「だが“踊る道化師”はもうないんだぞ!」
ぼくは、アデルの肩を抱いた。
「復活させましょう。ここに、こうして後継者はいます。新旧メンバー取り混ぜてあらたに“踊る道化師”を結成しましょう。」
「む、無理だよ。」
ギムリウスも泣き出しそうだった。
「だって、“黒の御方”も“災厄の女神”もいないんだし。」
「いないところは、ほかのもので埋めればいいよ、ギムリウス。
とにかく、いまの世界には絶対的な力を持って、あの馬鹿どもに意見してやれる存在が必要なんだ。」
おまえは、なにを考えてそんな発想に至るんだ。
と、聞かれたことがある。
ぼくにだって、自分の思考回路をじっくり観察したことなんてないんだ。
でも、発想としてはお医者さんに近いかもしれない。
症状を見て。
それをどうすれば正常になるのか、考える。
休養なり。
投薬なり。
外科手術なり。
そして、それによって、おこる副作用を考え?
面白いのは、痛みを訴えるところが、患部ではない場合が多いのだ。
「幸いにもいま、ぼくらはアデルを中心にした“暁の道化師”というパーティを組んでいる。」
ぼくは、ロウを抱き寄せた。
ご真祖さまは、ぼくより、背が高かったはずだけど。いまはほとんど変わらない。
「アデルに、ルーデウス、ラウレスとロウ=リンド。どこからも文句はでないだろう。
出るとすれば、フィオリナとリウ、だけど。」
「な、名乗るのは勝手だが」
キール公爵は、納得しない。それはそうだ。
「だれも納得しない。物笑いのたねにされて終わりだ。」
「そうとは限りませんよ、公爵閣下。」
ぼくは、自分でも度胸はいいのだと思う。
赤光に包まれた瞳に、牙をむき出した吸血鬼に、平然と(内心はそうでもないけど)対処できるんだから。
「アデルがいます。」
「そのものが、お二人の血をひくものだと、どうやって証明するのだ。」
言ったあとで、キール閣下は、慌ててアデルに頭を下げる。
「いや、お目にかかれば、一目でが只者ではないとわかる。
その気品、その筋肉、そのえーと」
アデルよ。
公爵級の吸血鬼にあんまり気を使わせるな。
「いや、容姿はあんまり、アデルは両親ともに似てないよ。」
ぼくは、口を噤んだ。
「全体的な雰囲気は、祖母であるアウデリアさまに似てるな。戦いのスタイルも。」
「それはそうだよ。」
アデルは肩をそびやかした。
「戦いのやりかたは、ばっちゃんに教えてもらったんだ。部隊の指揮とかは、じっちゃんだ。」
「まあ、だからそっちは、それは世間に任せますよ。
噂が噂をよんで自然にその出自はいずれ、知れ渡ることになる。」
「その間はどうする?」
「ロウがいますからね。もと“踊る道化師”。
西域唯一の真祖。」
「ルウエン。」
ロウは、ガチガチと歯を鳴らしている。
噛みたいのか?
残念。物語をこれ以上複雑にしてくれるな。
「ダメなんだ。わたしはいけない。ミイナを残しては…」
ああ、なるほど。
ぼくは、ロウを離して、頭を撫でた。
では、そっちから片付けるとしましょうか。
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