第53話 『城』の秘密

「はじめまして、キール公爵閣下。」

ぼくは、精一杯、愛想良く微笑んで見せた。

ヴァルゴールの使徒なら、アキルの仲間だ。ぼくにとっては、身内と言ってもいい。

ただ、永年に渡って、生け贄を要求してきたヴァルゴールの使徒には、とんでもない快楽殺人者も多く、付き合いはけっこう難しいものがあった。



その点、吸血鬼ならむしろ安心だろう。

人を殺すことをなんとも思わない人間は、社会生をおくるのに、本人にも周りにも大きな障害になるが、吸血鬼ならそうでもない。


「…というか、おまえもなんなのだ?」

それなのに、キール公は、気味悪そうにぼくを見る。

「なぜ、わたしを見て怯えない。」


「それはもちろん、恐ろしいです。」


ぼくは。正直に答えた。とは言っても12使徒のなかでは、吸血鬼のほうがましだろうは、あんまりな気がしたので、そこは隠して。

「でも、話さなくちゃいけないこと、やらないともっと恐ろしいことになりますから、しょうがないんです。」

「キール公爵。」

アデルがゆっくりと言った。

「ルウエンがしょうがないと言ったらしょうがないことなんだ。だからまず話をきけ。」


キールの若々しい顔に、苦笑が浮かんだ。


「“黒の御方”と“災厄の女神”の御子は、たしかに王者の風格をお持ちだ。」

「そうかな。」


この言われ方は、納得できなかったのか、アデルは不機嫌そうに、口を曲げた。


「わたしは、あれらのことは、全く記憶にない。」


キール公とアデルが険悪になる前に、ぼくは口をはさんだ。


「アデルは、物心つく前に、両親から離れて、北の地で祖父母に、育てられたんですよ。」

「祖父母?」

「先代クローディア大公陛下と、アウデリアさん。」


ギムリウスとロウを除いた全員が軽くパニックになった。

皿やグラスが割れて、テーブルがいくつか倒れる。


北の狼?

白狼公が!?

アウデリアってあの英雄神アクロディティアの!

ならば頷ける。あの風格、あの佇まい。

どうしよう、俺さっき、目があった時睨んじまった。


ぼくは、すっかり手持ち無沙汰になった式典係から、奉書を受け取った。

ぼくやアデルを『城』の武官としてとりてる旨。ルーデウス伯爵は、ギムリウスの御付き役で、ラウレスは、宮中から学校に通えるように手配してくれていた。

好意でしてくれているのは、わかるが、まったくご褒美になっていなかった。


機嫌が悪い時のギムリウスは、吸血鬼の首根っこなど平気で引っこ抜くし、ラウレスは、屍竜になる前の記憶が、一時的にとんでいるだけで、別に見かけ通りの十歳にも満たない少女ではないのだ。


基本的に超越者の近くに、彼らのいう「試し」が終わっていないものはおかないほうがいいのだ。まったく悪気はなくとも、寝返りをしただけで、踏み潰してしまうかもしれない。

その意味では、「試し」の終わってるぼくか、アデルしか、ギムリウスの側役は無理だ。



一読して、ぼくは書面を式典官に返した。


「これはいりません。それよりこれからの事を話しましょうよ。」


式典官は、見るのも気の毒なほど青ざめた。

無傷で、バルトフェルを奪還し、鉄道公社とも契約を有利にとりつけた、ぼくとアデルを、古株から文句がでない程度に目一杯、優遇する。

あるいはその立案に、式典官自身も参加していたのかもしれない。


それを。


いらないって。


あまりにも失礼な。


「つまり、“黒の御方”と“災厄の女神”が、アデルを取り戻しにきたときの対応、ということか。」

ロウは、面白そうに言った。

ぼくは、式典官の落ち込み用が、あまりに気の毒だったので、ロウが、そう声をかけてくれたのは、ありがたかった。


「ここは、貴族の集まる貴族の国だ。武力で落とせるものじゃあない。」


「当たり前の武力では、でしょう。ぼくらが戦ったフィオリナの直属兵はたいしたものでした。あんなのを何十人も派遣され、しかも並行して現代兵器で攻撃されたら。

落ちるか落ちないかはともかく、被害はとんでもないものになりますよ。

城そのものを巨人にでも変形させて、戦いますか?」


「う、ウォルト‥‥ルウエン、なんでわかったの!?」


ギムリウス。まさかそんなバカみたいなギミックを仕掛けてたのか。

確かに質量も破壊力もすごいだろうが、城内のものがみんなミンチになる。

おまけに城下町を踏み躙らないとどこにもいけないぞ。

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