第52話 戦勝祝賀会

出かける時はその他大勢。

帰ってくる時もその他大勢。


が、戦にでる兵士の共通の望みだと言わている。


魔王とその奥方がはじめた近代戦においては、個々の武勇など、それこそ、魔王でもない限り、発揮のしようがなく。


英雄となって帰ってくるのは、名誉の戦死。つまり、遺体となって、帰ってくることを意味しているからだ。


むろん、ごく少数の例外もあって、この二人。

ルウエンとアデルなどは、その典型だろう。


『城』の大広間を埋めつくした着飾った人々。


ルウエンたちは、ゆっくりと、その真ん中の通路を歩んだ。

両側で彼らに賛美の声を送る人々。

そのほとんどが、『貴族』である。

いわゆる昔ながらの封建領主では無い。今日的な意味合いでの貴族だった。


アデルは、その先頭を歩く。

戦勝の祝賀会で、おまえたちに褒美もあるのだから、少しは着飾ってくれ、と『城』と式典係に懇願され、アデルは、革鎧を丁寧にふいて、ほつれたところを縫い直した。胸部や腰周りを覆うプレートは、ビカビカになるまで磨き上げ、さらにその上から豪華な刺繍を施したマントを羽織っている。


だが、それにまったく満足せずに、式典係はさらに言った。

ダンスを申し込まれたらどうするんだ!


言われて、アデルはつま先と踵に鉄をうったブーツを諦めて、柔らかい革のモカシンに履き替えている。

これなら、ダンスのときに相手の足をふんでも被害は最小限、というわけだ。


いろいろ考えてはいるのだが、まったく正解にたどり着かないアデルに比べると、ルーデウス伯爵はかなり、マシ、だった。

濃い紫のロングドレスは、星を散りばめ、裾はふわふわとひるがえりながらゆれて、時おりすがたをけしていた。


ただし。

一行で一番落ち着いていないのも、彼女だった。

冒険者として人の世で、生き抜いてきた彼女にとってもこれだけの同族に囲まれたことは、皆無だったのである。


彼女は右足を左足で踏んずけてころびかけ、ラウレスに支えてもらって、なんとか転倒は、避けられた。


「すまない、ラウレス。」

言ってから、ルーデウスは気づいた。

「おまえ…重いな。」


ラウレスは頷いた。嬉しそうだった。

「たくさん食べてるおかげで、体が再生回数されていくのがわかる。」


ロウと。

ルウエンは、一番、後ろを歩いていた。


「こういうのは、嫌いなんだ。」

少年はぼやいた。

こちらは、一応、魔道士のマントを新調していた。髪もとかして、やや伸びすぎた髪を銅の輪で止めている。

こちらも、式典係を悩ませていた。


主役なんですよ、あんたらは!

ダンスを申し込まれたら、どうするんですか!


ルウエンは、着てるものを洗濯し、見ているものが「魔法の無駄遣い」と酷評した温風を使った風魔法を駆使して、それをふわふわに乾かして見せた。さすがにおんポロのマントはこの機会にと新調している。


…アデルとルウエンは、他人を困らせることについても似たようなカップルだった。


ロウは、燕尾服に黒のスラックスである。

サングラスに、ストールで口元を隠すのは、周りが、貴族だらけのここではまったく意味をなさない。

ダンスを申し込まれたら?


とりあえず、背はあるので、男性のステップを踏むのだろう。


「冒険者パーティ“暁の道化師”よ。」


『城』の主である幼ささえ感じられる少女のまえに、一同は跪いた。


声を発したのは式典係である。

彼は、もともとが封建貴族の出身で、この手の有職故実に詳しく、しかし、まったく戦闘向きの貴族ではなかった。

このような人物も重宝される『城』は、国家とひてはもちろん、組織としてもあまりにも未熟だったのかもしれない。


「ウォルト!!」

口上が終わらぬうちに、少女が飛びついた。

スカートがひるがえり、白い日本の足以外に、黒い棘に覆われた脚が4本見えたが、とりあえず、ルウエンは、気にするようすもなく、少女を抱きしめた。

「ギムリウス。ぼくはルウエンだから、ね。」

「わかった、ウォルト。」

「わかってない。」

「ウォルトのこと、ルウエンて呼べばいいんでしょう? わかった。」


絶望的な顔色になった式典係の肩を、ロウは慰めるように叩いた。


「まあ、ご城主が、上機嫌なのは良い事だよ。」


それはそのとおりであって、愛らしい見た目とは裏腹に、ギムリウスは、ちょっとしたことに腹を立てて、臣下を傷つけることがよくあった。

それが「死亡」につながらなかったのは、ひとえにギムリウスのお傍付きをつとめるものが、再生能力にすぐれた貴族でかためてあったからである。


「しかし」

式典係は、喘ぐように言った。

「まるで、ご城主さまは、人間のように見えます。まるきり、人間のように。」

「人間となれあうために、あいつはあの義体を作ったんだ。そう見えなければ、よほど調子が悪い時なんだろう。」


「馴れ合うな、ギムリウス!」

非常識はここにもいた。

一応、帯剣はしていない。だが、委細構わず、アデルは、素手で、ルウエンとギムリウスを引き剥がそうとした。そしてそれに成功した。


「フィオリナの娘はうるさい。」

ギムリウスは、文句をいいながら、玉座に戻った。


「そのことだ。」

アデルは、真剣な面持ちになって、ギムリウスを、そして、ロウを見た。

「わたしが、“災いの女神”の血縁であることは、『百驍将』の貴族殺しの口から、やつのところに知らせが届いているはずだ。」


「ついでに言うと、ワルド伯爵の配下の魔法士たちは、アデルを捕らえて、リウに献上するつもりだったようだ。」

ルウエンも口をはさむ。

「リウもアデルを手に入れようとするだろう。」


その名を!


あだ名でしか呼ばれぬ、西域の支配者をぼんぼんと本名で呼ぶルウエンを、列席者は呆然と見つめた。


「わたしが、故郷をたってから半年近いんだよ?」

アデルは、抗議した。

「なんで今頃」

「そりゃあ、成人するまでは、アデルは、クローディア大公領からでることなく、祖父母のもとで養育される約束になっていたからな。そのあと、どうするか、については、改めて話し合うつもりだったんだろう。」

「成人は16歳だよ!」

「西域では、18なんだ。ほとんどの国では。」


ルウエンは、ウインクした。


「賭けてもいいけど、ふたりとも16歳成人の国を『野蛮人』と罵ったと思うよ。」


「ねえ、ルウエンは、なんで、あいつらを知ってるの?」

アデルが、唇をとがらせた。


「まえにも言っただろ? ぼくは、向こうを知ってても、むこうはこっちを知らないんだ。

よくあることだよ。」


それから、並み居る『城』の強者どもを見回した。

「さて、せっかくの祝賀会となりますが、時間は、一刻をあらそうかと思われます。

フィオリナから、あるいはリウから、アデルをよこせと言われたらどうします?

表向きは、『城』は中立だ。どちらに顔を立てないといけない。」


「ど、どうすればいいのだ!」


ひとりの少年とも少女ともつかない貴族が叫んだ。


「あなた?」

「キール公爵。」


12使徒だ。ヴァルゴールの12使徒。

並み居る貴族たちがいっせいに囁いた。


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