第37話 貴族殺し『至宝の殺戮者』

「小竜。」

ルーデウスもまた、この霧が転移のために仕掛けられたエフェクトだと見てとった。

「油断するな? この地形そのものが転移陣だ。どこに転移させられるのか。」


「たぶん、問題にならないよ。」

童女の姿をした竜は答えた。いくら見かけがそうであっても、知性のある竜は、齢は千年を超えてることも珍しくない。

「どこに、転移させられても。その先に何がまちかまえていても。」


「なるほど、心配なのはロウさまと、ルウエンと、アデルの方だったかもしれないな。」

「真祖プラス、ルウエンに、アデルだ、伯爵。」


ラウレスは、嬉しそうに言った。


「“災厄の女神”自ら光臨あそばされても問題にならないと、思うよ。」



「二人か? ガキに女。直ぐに信じまうんじゃつまらねえな。」

「油断はするなよ。女の方は“貴族”だ。」


現れたのは、ククルセウ連合に正規部隊の士官服に身を包んだ二人の男。

呆れたことに、正式な催事に着用する、いわゆる、第二種礼装だった。

勲章らしきものまで、身につけている。


「おまえたちが、わたしたちの相手をする運の悪い奴らか?」

ルーデウスは、どこかだらけきった態度とは裏腹に、男たちがかなりの手練であることに、気づいた。

人間にまじり、冒険者稼業の長い彼女にはそれが可能であった。


「ラウレス。背の高い方は“竜人”だ。竜の血を引く・・・かどうかは眉唾だかまら、普通の人間よりも体力

・魔力ともに大幅に上回る。竜のもつ能力を受け継いでいる場合もある。」


ばっこーーーーんっ!


派手で。

間抜けな音が響いた。

ラウレスの小さな手の一撃は、数メトル離れた太い木をへし折るほどの勢いで、男の体を吹き飛ばしていた。


ルーデウスの掌が持ち上がり、その指の間に、達成の投擲武器がハサミ止まられていた。


「チビの方は、“貴族”か。男爵級だな?」


時計の針に似た金属片を、ルーデウス“伯爵”の怪力が、ぐにゃりと曲げた。


「よく止めたな、ルーデウス閣下。」

チビが、にやりとわらった。

「ほう? わたしを知っているのか?」

「お宝探しにかけちゃあ、あんたか、冒険者界隈じゃ第一人者だろう。

俺は、“クロノス”のスカルド。一応、男爵ってことになってるんだが」


小男のククルセウ士官は、ニヤニヤお笑った。


「人間どもが勝手にきめた通称だ。

あんまり、当てにしないほうがいいかもよ?」


「俺は“不破”のウツツ。」

折れた木の幹を押し上げて、背の高い男も立ち上がる。

振り返ったルーデウスに、ラウレスはいましがらウツツを打ち倒した自分の拳を見せた。


指が数本、折れていた。


「たいした馬鹿力だな、小娘。」

カラカラと笑いながら、ウツツは言った。

「“竜鱗”が間に合わなければ、危なかったかもしれねえ。だが、俺の竜鱗は、常時展開できるんだ。それこそ・・・あの“竜”がそうだったように、な。」


「“貴族殺し”ブテフパのパーティ『至宝の殺戮者』が、総出でおまえさん方をおで迎えってことだ。

万が一、億がひとつにも逃げられるとは思うなよ?」



■■■■■



霧は唐突に晴れた。

そこは、すでに、別の場所。


「どこなのだ、ここは?」

アデルが周りの匂いをかぐような仕草で、あたりを見回した。


「どこでも無さそうだ。」

ルウエンは、背伸びをするようにあたりを見回した。

景色そのものは、いままでと違いは無い。

山中の急斜面。


木々はまばらで、枝のかさなりを通した陽の光はまだ充分に、明るい。


「いや、“意外に近場”だと、思ったらさ」

こっちから、滝の音がする、と言って、歩き出しながら、言い訳をするように、アデルが言った。

「見かけだけ、そう作った全然別のところみたいなんだ、ここって。」


「そっちのカンのほうが正しいよ。」

出来のいい生徒を見る目で、ルウエン言った。

「ここは、術者の作った異界だ。閉鎖空間とか、色んな言い方はあるけど、元いた山の中とは、まったく別のところだ。」


程なく、三人は、木々の開けた水場に辿りついた。

正面には、小さな滝があり、済んだ水泉を作っていた。


その中央にある大岩のうえで、頭を剃った若い男が、座禅を組んでいた。


「なんで、わざわざそんなことしたのかな?」

それを無視して会話を続けるアデルである。

「それって、迷宮構築とかと基本は一緒でしょ? 別の世界を作り出すんだから。

複雑な呪文や術式は、積層型の魔法陣で代用できるとしても、必要な魔力量はとんでもないよ?」


「それは、正しいけど、正解じゃない。」

ルウエンは、言葉を探している。

「そうだな。エアコンは電気で動くけど、別段、勝者が電力を供給しなくてもいい。まして、自分で設計して作りたますことが出来なくても、『使う』ことはできる。

迷宮を作成するための、魔法理論は千年前にすでに、かの大賢者ウィルニアが構築している。魔力は前もって、蓄積して置けばいい。

つまりは、閉鎖空間の構築は、とんでもなく高価だけど、買えなくは無い高級エアコンみたいなもんだな。」


「わかったような、わからないような。」

アデルは顔を顰めた。

「そもそも、『エアコン』ってなによ?

あなた、異世界人なの?」


「いや、バリバリのこの世界の人間だよ。用事があって異世界にいってたのは、事実だけど。」

「初耳!

どんな異世界なの?」

「一番、よく聞くあれ、だよ。劇や詩や小説なんかで語られる、人間がうじゃうじゃいて、魔法がなくて、技術文明がやたらに発達してる世界。」


僧形の男は、ゆっくりと目を開けた。


まだ、若い。

身に纏うのは、1枚布を身体に巻き付けたような衣のみ。

体つきも顔つきも。

全ての無駄をそぎおとしたような風防だった。


「挨拶させてもらってもよいか?」


声は平坦だったが、僅かな苛立ちが感じられた。


「お待たせしてしまい、すいません。」

ルウエンは、自分から頭を下げた。

「わざわざ、こんな所にご招待いただくとは・・・光栄の極みです。」


「そ、そういうものなの?」

アデルが、ルウエンを睨んだ。


「そうだよ。いろんな準備が必要なのにこんなところを用意したのは、ぼくらが、逃げにくくするため、と。」

ルウエンの瞳が、僧形の青年こ瞳を真っ直ぐに捉えた。

「戦いで、周りに被害が拡大しないための配慮だからね。

たぶん。これからの戦いは地形を変えるほどのものになるだろうって。そうしたら、鉄道設備にも被害が及ぶかもしれないって。そこまで、考慮してくれているんだよ!」

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