第36話 分隊西へ

「“暁の道化師”?

そういう、名前にしたのね?」

難しい顔をしてアイシャがさったあと、アデルが、ゴツンと額をルウエンのおでこに押し当てながら言った。

「口から出まかせだよ。でも、高位の“貴族”が2人もいるこのパーティには向いてるような気がして。」

「ぴったりよ。」


アデルは、嬉しそうだった。


「で、わたしたちあの“踊る道化師”の後継者になろうよ。ルウエン、まえにはなしてくれたじゃない。メンバーの誰かが暴走したときにとめるための仲間が“踊る道化師”だったって!

それには、失敗して、こんな世の中になっちゃったわけだけど、それをとめる英雄が必要だわ。わたしたちは、それになるの!」


「このパーティは恒久的なもんじゃない。」

ルウエンは、アデルの歓喜に水を差すよういった。

「ルーデウスは、ここに戦乱を逃れるためにやってきた。今回は仕方なかったとはいえ、以上、そうそう戦場に駆り出されるのは心外だろう。それが続くなら、別の避難所を探すことになると思う。

ロウは、ここの最高責任者のひとりだ。

パーティ活動なんかにうつつをぬかしている場合じゃないし、“停滞フィールド”に囚われた恋人を解放しないかぎり、ここから離れることはしないだろう。

きみが名付けたラウレスの体を構成しているのは、ほとんどが本来の竜の素材ではない。あの屍を形づくっていたのは、大部分が土塊や岩、あれが殺めたほかの生き物の死骸でできていて、そのなかから、つかれえそうなものを繋いで、辛うじて命を長らえているにすぎない。

そりゃあ、戦えば強いだろうけど、きみのいうような世界を救う英雄には、遠く届かないよ。」


「冷静な分析すぎて、涙がでてくる。」


二人の会話をきいていたロウ=リンドが笑いながら言った。


「それでは、さっそく出かけるか。」


「し、しんそさま? 出かけるってどちらへ。」


「もちろん」

ロウ=リンドは、ルーデウスの肩をドヤしつけた。

「強行偵察だ。」

「それはさきほど、アイシャ隊長が、検討してみると仰られて……き、強行偵察?」

「そうだ。昔風な言い方なら大物見と言ってもいいぞ。十分は戦力をそろえたうえで、敵地深くに侵入し、場合によっては、一戦する。

功名、手柄をあげるには、絶好の機会だ。

ことにこの街について間もない新参者には、またとないチャンスとなる。」



アイシャが、やっばりダメだ、と告に来た時には、一行はもう野営地をもぬけの殻にしていた。



「実にいい。」

ロウは、上機嫌だ。『城』の最高幹部にして、西域唯一の「真祖」、あの謎めいた伝説のパーティ「踊る道化師」のメンバーだった女性は、びったりした黒のパンツに、黒のセーター、丈の短いコートの裾を、さっそうとたなびかせている。ザングラスと口元を覆うストールは、人に混じって暮らす“貴族”には、定番のスタイルではあったが、およそ、戦場らしさはまるで無い。


一応、ルウエンとアデルは典型的な冒険者のスタイルであったから、この2人はまだまし、だった。

まだ、童女の姿のラウレスは、カーキ色のワンピース。

ルーデウスは、黒のロングドレスだった。


「閣下は冒険者も経験してましてよね?」

ルウエンが尋ねたが、ルーデウスが言うには、任務中もこのスタイルで通したらしい。


たしかによく見れば、地面に引きずりそうな裾の部分は、透けて非物質化していた。

ドレス全体がそのような物質で出来ているらしい。


それにしても、強行偵察どころか、街ブラでもするような格好で、一行は荒野を進む。

鉄道から、一直線にバルトフェルを目指すースは、別の小隊が進んでいる。

ルウエンたちが属するアイシャ小隊は、大きく迂回してバルトフェルの西側から、攻略を行うことになっていた。



「分かりやすすぎる罠だぞ、これは。」

ルウエンとアデルを従えて、ロウ=リンドは、足早に進む。

「的にする対象がわざわざ、前線に乗り込んでいる。しかも“貴族”の供回りも連れずに、単なる冒険者パーティの一員として、だ。

まるで、襲ってくれといわんばかりだ。

警戒したいが、ここまで美味しそうな餌をぶら下げられてい飛びかからない猟犬はいない。」


「時刻的にあと、1時間ばかりで日が落ちるるから、仕掛けるにしても見逃すにしても早く判断しないとならない。実に悩ましいでしょう。」

ルウエンがくすりと笑った。

「“貴族”が二人もいるパーティに、いかに“貴族殺し”といえども夜に仕掛けることはできないだろうから。」


ねとり。

まるで、クリームを思わせるような濃厚な霧が、一斉に立ち込めた。


「やっぱり仕掛けてきたぞ。ルウエン! アデル!」

「これは、転移門、ですね。」


ルウエンがポツリと言った。タネの割れた手品を見せられたとき。強いて言うならそんな口調だった。


「分断するつもりだろうが、そうはいかない。」

アデルが、怒ったように断言した。

彼女も指から、鋼糸が伸びて、ルウエンの腰に巻きついている。

ルウエンはその鋼糸をそのまま、ロウの小指に巻いていた。


ロウは、チラリとそれを見とってから言った。


「ルーデウスとラウレスはどうする?」

「伯爵級の“貴族”と西域から去ったはずの古竜です。相手をするものに同情しますね。」

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