第28話 伯爵閣下、頑張る!

ルーデウスは、唇を噛み締めた。

牙が出てしまっていたので、唇に穴があいて、血が流れた。

彼女は、伯爵級の吸血鬼である。

その自負はあった。

だが、目の前の連中は、ルーデウスのプライドをズタズタにして、踏みにじり、ほうきとちりとりで丁寧にかき集めては、燃えるゴミに出してくれたのだ。


およそ百年。西域では活動記録のない真祖。

ロウ=リンド。

上古の神獣ギムリウス。

とんでもない力をもつアデルは、『暗き御方』と『破壊の女神』の血を引くものだった。

ラウレスは、もうわかってる。竜だ。体の構成要素が足りないだけで、竜の姿にはなれないが、人間界でおそらくはただ1頭の古竜だ。



その全員が、倒れたルウエンの周りに集まって、彼を心配し、なんとかしようと議論を戦わせている。

うっかり、傷を終われせてしまったギムリウルなどは、しょげかえって、懸命にルウエンの身体をさすっていた。とくに意味もないのに。



と、とにかく、ちょっとイイトコ見せねば。

ルーデウスは、焦っていた。

彼女が使おうとしている魔術は、習得が困難な上に実用価値も低い。

だが、彼女はそれを何度も仲間たちに、使っていた。


人間のパーティメンバーとともに、たたかってきたルーデウスには、仲間がすぐに死んじゃうのが悩みの種であった。

強大な(?)貴族であるルーデウスのお眼鏡にかなう冒険者は、そうそうおらず、簡単にくたばっていただいては困るのだ。せめて

老いて技ふるえなくなるまで、ルーデウスに奉仕してもらいたい。


かといって、一瞬で、傷を治癒する魔法は、いろいろと弊害も多かった。もっとも効果的で、副作用も少ない治癒魔法。

それが、いまルーデウスが使った「ダメージや苦痛を自分に移す」魔法である。


漆黒城の広間に、ルーデスウの絶叫が響き渡った。

覚悟はしていた。

だが、グリムのもたらした傷の痛みは、そんなものを軽々と凌駕した。

痛みが筋肉を収縮させ、骨が折れる。

ガチガチと噛み鳴らされる口元から、白い破片が零れた。

歯が砕けたのだ。


「無茶をするなあ、閣下は。」


ルウエンが覗き込んだ。

こ、コロシテ。

言葉にならない言葉で、ルーデウスはうったえた。

これ以上は耐えられない。わたしをコロシテ。


その痛みが唐突に消えた。


ルーデウスは、痛みの中心だった肩口をみて、呆然とした。腕が付け根からなかった。


腕を切られた灼熱の痛みもグリムのもたらす苦痛に比べれば、春風のそよぎのようだった。

アデルが、あの斧剣を器用につかって、切り取ったルーデウスの腕を、ざくざくと切り刻んでいた。


顔全体が「?」になったルーデウスを振り向いて、アデルは大きく肉を抉ったルーデウスの腕を差し出した。


グロテスクな見た目だが、いかに再生能力にたけた“貴族”といえどもこのまま、接続して欠損部分のみを修復したほうが早い。

つまりは、呪剣グリムに侵された部分を切除してくれたのだとおもうが、アデルの手付きがなんとなく、肉を解体するように見えて、ルーデウスはちょっと不愉快になった。


「ありがとう、閣下。」

と、ルウエンは微笑んで、手をのばした。

ルーデウスの、切断された肩、抉られた腕のまわりで白い光が明滅し、腕が復元されていく。

感謝していることは、間違いないが、血を吸われて従属したものがとる立場でも、口調でもなかった。



「ずいぶんと無茶をする。」

アデルは、剣についた血を拭いながら、ルーデウスを睨んだ。

「グリムの与える苦痛は、気絶すら許さない。今回の件は感謝するが、こんな真似はもうするな。」


あれ?

意外にやさしい・・・・


「ルウエンの苦痛を引き受けていいのは、わたしだけだ。」


嫉妬だった。


ルーデウスの悲鳴に、なにごとかと駆けつけた城のものたちを、ロウが追い払った。

ギムリウスは、自分が、倒したテーブルや椅子を自分でおこすと、三人に座るよう指示した。

一応、「領主さま」が、新しく街にやってきた有望な冒険者を謁見する、という体裁をとるらしい。


「じゃあ、ウォルト・・・・」

「ルウエンだ。」


ロウ=リンドが口をはさんだ。

ギムリウスは、不満そうな顔をした。


「わたしにとっては、ウォルトだ。」

「なかなか、裏がありそうだぞ。どっちも偽名かもしれない。冒険者学校の生徒なのは本当だろうけど、あそこの冒険者学校は誰でも受け入れるからな。

だから、とりあえず、本人がルウエンと名乗っているから、ルウエンだ。いいな?」


ルウエン、ルウエン。

ギムリウスは、口なかでその名前を転がして、から諦めたように言った。


「じゃあ、ルウエンと名乗っているウォルト。」


「ご領主さま」

「ギムリウスと呼んでいい。」

「わかりました。ギムリウス。さっき、人間で試しを終えて友人になったのが、ぼくで三人めといいましたけど、あとの二人は誰ですか?」


ギムリウスは明らかにほかに話したいことがあったようだったが、この質問に素直に頭をひねった。


「一人はミイシアだよ。ミトラでウォルト・・・・ルウエンが連れていた女の子だ。あの子はどうした?」


アデルが、きつい目でルウエンを睨んだが、少年は飄々とした答えた。


「結婚して子どもも生まれて、元気にしてるようです。夫婦仲はこのところよくないみたいですけど。」


「そうなのか。」

ギムリウスは、ちょっと複雑そうな顔をした。

「わたしの記憶では、ウォルト・・・ルウエンとミイシアという少女はとても仲がよかった。いずれは人間がする結婚というものするのだと思っていたのだ。」


ルウエンは変な顔で笑った。


「世の中、なにもかも思い通りにはいかないものですよ、ギムリウス。

あと一人は誰でしょう?」

「アウデリアさま・・・・はもともと半神というべき存在だから、除外だ。

フィオリナ・・・・・は、もう人間とは呼べなくなったから、これもはずす・・・あれ? 誰だろう。」


考えこんでしまったギムリウスに、アデルが、ルウエンに囁いた。


「“試し”って、神獣や“貴族”が相手の人間を友人として認めるかどうかを、実力でためすってやつでしょ? 

わたしにも受けさせてよ、それ。わたしだって、このご領主さまに『友人』として認められたいもん。」


「それは大丈夫だと思うよ、アデル。」

ルウエンはやさしく言った。

「たぶんさっきので、もう試しは終わってる。」




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