第三章 バルトフェル奪還戦

第29話 戦場へ

まだ、夜は開けていない。

標高の高いところに位置する『城』は、さらに高い山から吹き降ろす冷気にさらされている。


「第26から30分隊は、第5車両だ! もたもたするな。」


怒鳴りつけられて、ルーデウスたちはのろのろとほかのパーティに混じって、列車に乗り込んだ。

流石にパーティごとに座る席は人数分確保されている。


「とっとと、席に着くんだ!」

『統括分隊長』というよくわからない役職の女が叫んだ。

革鎧の上から長いコートを羽織っていた。

片目は眼帯をしていたが、その程度の肉体の欠損などは、修復出来る。様々な神々の恩恵、ひとが作りだした技術は、そのいくつかが失われたもののその程度の業は、まだ残っていた。

つまり、この女はその片目に「なにか」を仕込んでいる。

「いいか! 5号車の冒険者ども! おまえらはこの『氷漬けのサラマンドラ』アイシャが、指揮を取る。」


「偉そうにしているが、実際偉い。」

覆面で顔を隠したロウ=リンドが、囁いた。

「伯爵級の“貴族”だ。『城』は幹部として迎えようとしたが、一介の冒険者として、滞在することを選んだ。

そのほうが、『役に立つ』そうだ。

冒険者としては、探索よりも戦闘より。ここにくるまでは、傭兵団として活躍していた。」


「そこっ! 私語がうるさい。永久に黙らせてやろうか?」


ロウは首をすくめた。

だが、俯きながらも小声でつぶやき続ける


「彼女は、わたしの正体も、知っているし、そもそもここに、彼女たちを勧誘したのもわたしなんだが。そこいらは、わかって演技してくれている。」


そう。

『城』の最高幹部であるロウ=リンドを、一員に加えたルーデウスたち『黄昏の道化師』は、翌朝には、バルトフェル奪還戦に、駆り出されることになっていた。

と言うより、バルトフェル奪還に対して、ロウが手を出したかったために、適当に潜り込めるパーティを探していたというのが、実情だった。


「いいか! おまえらの役目は、敵を蹴散らして、死ぬことだ、わたしの役目はそんなけなげなおまえらをひとりでも多く、生きて連れ帰ることだ。」

アイシャは怒鳴った。

「わたしの言う通りにしていれば、生きて帰れる確率は格段にあがる。進めといったときに進めぬもの。下がれと言ったときに下がれるものはみな死ぬぞ。おまえたちに判断はいらない。ただただ、戦えという命令の通りに戦え!」


返事はなかった。

もともとが、兵士と冒険者は対極の存在である。

ひとりひとりの戦闘力はぬきにして、集団戦にいちばんむいていないのが、冒険者という人種かも知れない。

彼らは、自分たちの判断で戦う。戦わなければいけない場合のみ、戦う。

できれば戦闘そのものは極力さける。

(対象の討伐が目標だった場合はもちろん、別であるが)

そして、叶わぬと見れば逃げ出すのだ。命をかけて、というのは、意外に冒険者から遠い言葉だったりするのだ。


無言の答えに、アイシャは、肩をぐるりと回して、鼻を鳴らした。


返事まではもとめない。


一応、言うべきことは言った。

あとは、生き延びるための努力をどちらの方向にふるかの判断は、各自に任される。


集まった冒険者たちがすわる。その間の通路をゆっくりと、歩く。浴びる視線は、憎悪に満ちたものだったが、アイシャは気にもとめない。

がくん。

と、床が揺れた。


列車が動き始めたのだ。


アイシャがよろけた。

ちょうど、ロウたちのいる座席のそばだった。手すりにもたれかかるのを、ルウエンの手を支えた。


「おまえが、閣下のパーティメンバーか。」

直ぐ側の、ルウエンにしか聞こえない小声で、ささやいた。

「閣下が直々にスカウトしたメンバーだときいているが、足をひっぱったら承知せんぞ。」

ルウエンは、自分より背の高いアイシャを抱き起こすようにしながら、早口にささやいた。

「もともと、『城』は、あらたな領土を獲得することはできません。バルトフェスは、いずれにしても鉄道公社の直轄地にはいります。」


どん。

少年の腹に拳が、めりこんだ。

体をふたつにおったルウエンを、女戦士は素早く抱きかかえた。アデルは、その様子を睨んだが、割って入ろうとはしなかった。



「こいつはうるさい。」

アイシャは、隻眼でロウたちを睨んだ。

「少し、シメさせてもらう。異存はないな?」



ぐったりしたルウエンを担いで、アイシャがさったあと、ロウが、アデルの逞しい肩を叩いた。


「よく我慢したな。」

「・・・・・作戦の打ち合わせもあるんだろう。」


アイシャのパンチは、スイングは大きかったが威力を殺したものだった。ルウエンが悶絶したのも演技である。


「な、なにがどうなって。」

ルーデウスが、言いかけた、その口にロウが、丸薬を放り込んだ。

反射的に飲み下してから、ルーデウスは目を白黒させた。


「わたしの血液からつくった錠剤だ。おまえにかけられた呪いは、一時的にだが、解除される。」

「・・・・?」

「もうすぐ、夜が明ける。ここで灰になって朽ちてしまわれては困るんだ。わたしの血を与えるかどうかは、これからの働き次第だ。」



真祖の血!

ルーデウスの唇が奮えた。

題をかさねるごとに、呪いで弱体化していくのは“貴族”の宿命だ。

だが、真祖の血はそれをすべて、リセットできる。あらゆる“貴族”にとって、真祖の血の一滴は、これ以上ない貴重なものだ。


「ほんとう・・・に?」


「だから働き次第だ。」

ロウは、通路をすすんでいくアイシャとルウエンを、気遣うように見守った。

「なにをやるにも、一捻りしないと気がすまないのか? まあ、カザリームであったときもそうだったが。」



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