第27話 呪剣グリム

アデルの本気の一撃。

それは、つい先日、巨大な竜を頭から尻尾まで断ち割った。


剣に斧の刃をつけたごときに、分厚い、頑丈な剣だった。

その一撃を、少女の肘から飛び出た白い剣が遮った。


ガツン。


鈍い音は、金属と金属がぶつかったのではなく、骨と骨が叩きあったようにも聞こえた。


少女の小柄な体がふっとぶ。

身につけているのは、まるで、病院に入院する患者が身につけるような、簡素な貫頭衣だった。すそがふわりとまくれて、少女の太ももまでがあらわになった。


そこに。

触手がはりついたかのような、黒い線が走っている。


「ばけものが!」

アデルは叫んだ。いや、吠えた。

「ルウエンには、指一本さわらせないぞ!」


「ルウエン? それはウォルトだ。」


少女はいいかえした。


「わたしが、ミトラの街で友だちになったウォルトだ。突然、いなくなってしまって、寂しかったんだ。せっかく会いにきてくれたのに、邪魔をするおまえは・・・・・」


その目が。

額と頬に開いた目がぐるぐると回りだす。


「あの御方の匂いがする。おまえはあの、アウデリアさまの・・・・・」

「うちのばっちゃんに、なんか文句があるのかあああああっ!」


跳躍。

風の魔法など、体を浮かせる魔法は、いわゆる飛翔魔法以外にもいくつかあるが、アデルの跳躍は、純粋に筋肉の躍動によるものだった。


それだけで、天井近くに張り付いた少女に、突進する。


少女は、蜘蛛のように天井を走った。

アデルの一撃が空をきる・・・・いや、剣は天井に突き刺さり、そこを起点にさらにアデルはジャンプした。


この動きは予想外だったのか、避けるまもなく、少女はふたたび肘から飛び出た白い剣でその一撃を防いだ。

だが、その衝撃で、天井からもふっとばされ、落下する。


落下地点には、ルウエンが待ち構えていた。


大きく手をひろげて。


「ウォルト!! どこにいってたんだ!」

少女が抱きついた拍子に、彼女の剣が、ルウエンの肩をかすめた。

苦悶のうめきをもらしたルウエンだったが、歓喜に震える少女は、それに気が付かない。

「人間の新しい友だち・・・・試しまで終わった友だちはたった三人しかいないんだ。わたしはすごくうれしかったんだ。それなのに、急にいなくなってしまって・・・・わたしはとっても悲しかったんだぞ。」


「はなれろ! 化け物、いやご領主さま。」

ラウレスが、人化した古竜ならではの怪力で、ルウエンから少女をひっぺがした。


「なんだ? おまえは・・・・・竜? 竜はもうこの世界にはいないはずだ。」


少女の顔には、もう敵意はなかった。

不思議そうにラウレスを見つめる彼女の顔は、まるでみかけの年相応の童女のようだった。


「何なんだ! おまえは!」


天井にへばりついたまま、アデルがさけぶ。

わずかなでっぱりを指でひっかけるようにして、落下をふせいだその筋力はただものではない。


「なんなんだ、ロウ。この女は。」

まったく同じことを少女は、ロウに問うた。

ロウは、苦笑いをうかべた。

「信じられないことみたいだけど、おまえの思ったとおりだろう。

おい、アデル。

おまえの祖母は、クローディア大公国のアウデリア后妃か?」


「なんで、みんなばっちゃんの名前を知ってるんだ?」


アデルは、言い返した。


「いっちゃわるいけど、わたしが生まれる前に、もうばっちゃんもじっちゃんも引退して、大公位は騎士団長のおじちゃんがあとをついでるんだ。戦にだってずっと出ていない。」


「じゃあ、こう言ったほうがいいか。

おまえの父親は『黒き御方』バズス=リウで、母親は『災厄の女神』フィオリナ=クローディアか。」


アデルは。


泣きそうな顔で、自分を見上げるものたちを見下ろした。


「アデル。降りておいで。」

ルウエンが手をさしのべた。

「このひとたちは、きみのご両親のむかしの仲間なんだ。あの人たちになんの悪意ももってない。」


「もってるぞ!」

ロウが食ってかかった。

「パーティを解散においやって、勝手な戦争をはじめやがって。わたしやギムリウスがどれだけ、苦労しているのか。」


「いやだ!」

アデルは叫んだ。顔はくしゃくしゃに歪んでいた。

「わたしは・・・・違う。わたしは・・・・ばっちゃんの孫だけど、あんな女の子どもじゃない。世界に災厄なんてふりまいてない。わたしはわたしは・・・・・」


「嫌われたもんだな、フィオリナは。」

「まあ。」

とルウエンは、苦しげに答えた。

「毀誉褒貶のはなはだしい人物ですから。」


「フィオリナを知ってるのか?

そこらへんの事情もききたいな。ギムリウスには、ミトラでウォルトと名乗って近づいたのか? ルウエンとウォルト、どっちか本名なんだ? だいたいあれから何年たっている? それなのに少しも年をとってない・・・ルウエン? おいルウエン!!」


ルウエンは、真っ青な顔で、ゆっくりと倒れた。


その体には、たしかに少女・・・・・漆黒城の領主であるギムリウスが、うっかりその白い剣でつけてしまった傷はある。

だが、それはほんのかすり傷のはずだ。現に出血もしていない。かるくひっかいただけの傷だった。



「ルウエン!!!」

飛び降りた。

というか、天井を足場に床めがけて全力でジャンプしたアデルの体は、流星でも落下したような勢いで、床に突き刺さった。

そのまま、ルウエンを抱き起こす。

「どうしたんだ・・・・傷は浅い・・・浅いよ、ほんのひっかき傷だよ。なのに・・・・」

「じ、呪剣グリム・・・・・」


ルウエンはかろうじて、手をあげてギムリウスが、肘からのばした白い剣を指さした。


「かすめただけで、苦痛のあまり狂い死にすると言われている呪剣グリム・・・・だ。」


「きさま!」

アデルの瞳がまた、怒りの焔に燃え上がった。オレンジの髪が逆立つ。怒髪天、というやつだ。


「ごめんなさい。」

ギムリウスは、ほんとにうっかりさん、だったのだ。白い剣は彼女の骨そのもので、ギムリウスは、ルウエン、だかウォルトだかを傷つけるつもりなどまったくない。

会えたうれしさで、思わず、剣をしまいわすれたまま飛びついてしまったのだ。

あわてて、ギムリウスはもう一本、さらに禍々しい剣を取り出した。

「こ。これでなんとか。」


「なんだ、その見るからにやばそうなのは!」


「これは身に受けた傷を性的な快楽に変換してしまう堕剣オーダという。これで、傷をえぐってやれば痛みは相殺される・・・・」

「ギムリウス! 人間の体はそうはなっていない。」


ロウがきっぱりと言った。


「長きにわたって、人間の知己がいないまますごしてしまったせいでおまえは、相当常識からはずれてしまっている。

また冒険者学校からやり直すか?

こういうときは、わたしが血をすってやれば、だな・・・・」


「それも違うだろ!」


ルーデウスが、真っ青な顔で歩み出た。


「わたしが・・・・」

「おまえの出る幕ではないと思う。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る