第23話 最高参議官ロウ=リンド



「こいつを知ってるの? ルウエン。」

アデルは、すっと立ち上がった。


並々ならぬ力。男装の美女がもつその力をアデルも、感じ取ることができたのだろう。

ラウレスも、ことん、とグラスをおいて、上目遣いにロウ=リンドと名乗った彼女を見つめる。その瞳が金褐色に輝いていた。


「まあ、知ってる。けっこう、前のことだけど。」

ルウエンはしぶしぶ、といった様子でそれだけ言った。


「ロウ=リンド最高参議。今日は顔を見るだけの約束だったはずです。」

イシュト・グイベルは、彼らと男装の美女の間に立ちふさがるようにしながら言った。


「最高参議?」

ルウエンは、妙な顔をした。


「そうだよ、ルウエン。ご領主さまじゃなくって残念だったね。」

かまわず、美女はルウエンを抱きしめ、ようとした。

その鼻先の剣の切っ先が突きつけられた。


「どんな関係なんだ?」

アデルは、歯を剥き出すようにして、ルウエンとロウ=リンドを睨んだ。


「西のほうの港町で、会ったことがある。一緒に戦った。それだけだよ。」

「本当にそれだけなのか?」


アデルの目に怖いものが宿る。

「ロウ=リンド。あんたは“貴族”だろう。」

ロウ=リンドが、ポケットからサングラスを取り出した。

目をつぶったまま、それをかける。


おそらくは、紅く変わった瞳を隠すためだ。


「それも、相当高位の貴族だ。侯爵? いや世に隠れた公爵か。」

「ルウエンからわたしのことをきいているのか?」


アデルの突きつけた剣の先端は、斧を思わせる重く分厚い刃がついていた。変わった形状ではあるが、明らかに実戦をくぐり抜けてきた業物だった。相当、屈強な戦士でも両手でもつのがやっとであろうその武器を、アデルは軽々と片手で扱い、その切っ先をロウ=リンドの喉元につきつけ、微動だにしない。


「いや、ルウエンは、あんまりわたしに昔のことは喋ってくれないんだ。」

アデルは、ちょっと悲しそうな目をした。

「大事な仲間たちから、忘れ去られて、最果ての地をさまよっていたところを、勇者に救われたとだけきいている。」


「そんな過去があっのか、ルウエン!」


ロウ=リンドは、ルウエンに抱きつこうと、一歩前に出ようとしたが、アデルが剣をまったく引く気がないので、諦めた。


「アデル。その物騒なものをしまいなさい。」

イシュトの態度は、落ち着いていて、こんな物騒な場面にもなれてはいるようだった。それと、このロウ=リンドなる『城』の幹部の奇矯にも。


「この吸血鬼が、ルウエンを襲うのを諦めたら」

「アデル!!!」

「・・・・いいよ、イシュト・グイベル。」


「吸血鬼」といういまでは、死語となった呼び方に、今度こそは血相をかえかえたイシュトだったが、ロウ=リンドは鷹揚に手を振って、イシュトをさがらせた。


「わたしは、本当にルウエンの知り合いだ。彼の血を一滴だって吸っていないし、彼が自分から喉を差し出さない限り、今後もそんなことはしない。そもそもわたしくらいの最上位の“貴族”になると、人間からの吸血は必ずしも必要じゃなくなるんだ。

例えば。わたしは、この冒険者事務所のあそこの席が、好きだ。

この時間は、日がよく差し込む。ポカポカ暖かいんで、本をよんでから居眠りをするのが、大好きだ。ほんとうは、清潔なシーツと厚めの綿毛布のベッドで夜、ずっぐり眠りたい方なんだけど、なにしろ、ここの行政機構は夜に大事な打ち合わせをすることが多いんで、どうしても寝不足になりがちなんだ。

だから、午後はここで、少し居眠りをさせてもらう。

そのあと、お気に入りの居酒屋で、冷えた麦酒をひっかけて、腸詰めにマスタードをたっぷりかけて、パンと、シチューを食べてから『城』に出勤する。

ベッドで眠るのは、たいてい、夜明けごろだ。残念ながら、お気に入りの人間を探して恋を語らう時間はない。」


そう言ってから、彼女は白い歯をみせて笑った。

それは別に尖ってもおらず、健康そうで、理想的に歯並びの整った人間の歯だった。


剣をひいた、アデルに合わせるように、ロウ=リンドは前進し・・・・・。

そのまま、ルウエンの首元に噛みつこうとして、ぶん殴られた。


「いままでの長広舌はいったいなんだ!」

再び、アデルは剣の切っ先を、ロウ=リンドの顔につきつけた。


悪びれる様子もなく、ロウ=リンドはルウエンの首筋を指さした。


「なんだ、あれは。」


ルウエンは、手のひらで首筋を覆い隠して、困ったような表情をうかべていた。

その手の下には、ルーデウス伯爵に噛まれた吸血痕が残っている。


「おまえのところの“貴族”は、昼間歩くことも出来ない激弱弱小吸血鬼の癖に、同じパーティのメンバーには手をだすのか?」


いささか、怒ったようにロウ=リンドは言った。


「しかも少なくとも三回は、訪問をうけているな。ルウエン、意識の方は大丈夫なのか? 食事はちゃんととれているのか?」

「わたしと一緒にいる限り、ルウエンは大丈夫なんだ!」

「どういう根拠だ。」


ロウ=リンドは、よっこらせ、と言いながら立ち上がった。


「もし、ルウエンがその弱々吸血鬼の支配下におかれているようなら、わたしが口づけを上書きすることで、支配から開放できるんだ。」

「きいたことがある。そいつは『双主変』って業で、貴族のなかでも真祖しかつかえない業だときく。おまえは真祖なのか?」

「けっこう、物知りだな。ルウエン、こいつはなにものだ?」


「アデルは、いまぼくのパートナーだよ。ランゴバルドの冒険者学校に通ってる仲間だ。」



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