第22話 再会のとき

ラウレスは、納得したのかしないのか、2杯目を要求した。

今度はさきほどとは違って、一気に煽ったりはしなかったが、それでも一口飲んで

「この飲みものは気に入った。」

と、つぶやいた。


イシュトが不思議そうに、

「あなたのいたところには、お酒がなかったの?」

と尋ねると、ラウレスは、困った顔をしたが、

「記憶がないんだ。ここに来る途中で、拾ってもらったんだけど。」


「まあ。場所はどこなの?」

「わからない。山の中だったと思う。」

「バルトフェルからここまでの間?」

と、イシュトは、ルウエンに尋ねた。


ルウエンは頷いた。

「そうですよ。トラブルがあって、列車をとめたときに見つけました。」

「じゃあ、ラウレスって名前は?」

「アデルがつけてくれた。」


お客は、だれも、入ってこず、しばらく四人は四方山話を続けた。


「パーティ名をご領主さまに決めていただくのは、あまり感心しないわね。」

イシュトは自分もグラスを持ち出して、一杯やりながらそう言った。


「そうですか? 謎につつまれたご領主さま、しかも『昏き御方さま』を直接知るとの噂もある。そんな方にパーティ名をつけていただけるのは、とっても名誉なことに感じますけどね。」

「ご領主さまは、はっきり言うとネーミングのセンスがまるでない。」

多少、酔いも手伝ったのか、イシュトははっきりとそう言った。


「お会いになったことはあるのですか?」


イシュトは、本に顔面をおしあてたまま、眠りこけている冒険者をチラリと見ながら、声をひそめた。


「ここを紹介したのは、参議官のドルク閣下だろう?」

「偉いんですか、その役職?」

「さて、なにしろここは、独立してはいるが、ひとつの国ほどの規模はない。そこの城主を中心とする評議会に参加できるのが、参議官よ。」


やっぱり、けっこう偉いのか。

と、ぶつぶつ言いながら、ルウエンは、お酒を舐めた。


「じゃあ、ここは特別な冒険者事務所ってことですね?」

「一応、ここが作られた時に、一役かったのが、『ラザリム&ケルト』事務所さ!

そういう意味では、特別だね。

閣下がここにあなたがたを送り込んだのは、まあ、単純に、あなた方にに興味を持ったのだと思うわ。

普通に、そこいらの事務所を尋ねたら、有無を言わせずに、バルトフェル奪還作戦に巻き込まれて、悪くすれば討死。」


「バルトフェルの奪還には、鉄道の保安部が動いていると、聞きました。」

「それは動くだろうし、すみやかに保安部が勝利するだろうさ。」


イシュトは、またお代りを要求したラウレスのグラスに酒を注ぎながら言った。


「だけど、そのに『加勢した』って実績が欲しいんだろう? 『城』の上層部は、ね。

ならとにかく、戦ってみせないと。お宝は、寝転んでまってても歩いてきてはくれないのだから。」

「でも、まとまった戦力を組織するのも、送り込むのも、どうあがいたって鉄道公社が早いでしょう?」


ルウエンは、言った。


「ここの戦力が着く前に、戦いは終わってます。」


「それもそうだよ。」

イシュトは、頷いた。

「だけど、今回はいろいろと例外だ。

場所はわたしたちの隣の駅だし、列車はここに止まっている。不可侵条約を破って、駅のある街に手を出したククルセウを蹴散らすのだから、当然、移動に列車を使わせてもらえるだろう。

あとは人数だけど、ここには正規軍というもなはない。けど、冒険者はいる。

かき集めて、明日の朝には送り出せる。。」


「冒険者と傭兵は、似て非なるもんだけどなあ。」

アデルが不満そうに言った。


ラウレスと違って、アデルもルウエンも、酒にはほとんど手をつけていない。


「ここには、産業になるような迷宮はない。」

イシュトは、艶然と笑った。

「冒険者はいわゆるなんでも屋ってこと。

もちろん、戦いにも駆り出される。

ここでのパーティ編成が、5人から8人って話したのは、それが近代の軍における最小単位だから。戦争に送り込む時に、戦力の計算がしやすいようにね。」


「ここは、戦争とは無縁の土地だって、うかがってんですけど。」

ルウエンの言葉には、非難するような響きがあった。


「それも正解。年がら年中、土地をとったの街を焼いたのしてるほかの国に比べれば、出動の機会なんて、ないに等しい。

けど、ないわけじゃない。

戦わないだけで、戦えないわけじゃないことを、常に示しておかないとならないのよ。」


「なんだか、騙されてるような気がする。」

アデルが不満そうにぶつくさ言った。


「というわけで。4人編成のパーティもためな訳じゃないけど、はやめに5人めを補充しておくのをおすすめするわ。

単純な護衛任務だって、パーティが5人以上いることを前提に、発注されることが多いんだから。」


「ついたばっかりなので。」

ルウエンは、腰を上げた。

有意義なひと時ではあったし、イシュト・グイペルは、たしかに顔をつないでいた方が、あとあと役にたつ人物であることは、わかったが、これ以上、長居をしても得るべきものはなさそうだ。

日の暮れる時刻には、帰らねばならないし、そのまえにすこし買い物もしたかったのだ。


「はい!」


明るい声に、3人は振り返った。

机の顔をつっぷして爆睡していた冒険者が、手を挙げていた。


髪は短く、瞳はとてつもなくきれいな紺色だった。

口元にまいたストールがずれて、健康そうなビンクの唇が微笑んで、白い歯が見えた。


イシュト・グイペルが苦虫を噛み潰したような顔をした。


「わたしが5人め、というのはどうだろう?」


立ち上がったその姿を見て、ルウエンたにははじめて彼女が、女性であることに気がついた。

化粧などなにもしていないボーイッシュな美貌だったが、短い丈のジャケットの下のタートルネックセーターの胸は、鮮やかに盛り上がっている。


「ここの冒険者?」

アデルが、ルウエンの前に出た。

「だれ?」


「わたしを忘れちゃったの。」

美貌の女冒険者は、1歩、近づいた。

アデルが剣の束に手をかけた。


「ロウ=リンド」

ルウエンが、嗄れた声でつぶやいた。

「ぼくのこと、覚えてるの?」


冒険者は、破顔した。


「あたりまえでしょう! ルウエン。」


ルウエンのもらした、ため息はとてつもなく、深く、長かった。

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