第21話 ラザリム&ケルト事務所

ここは、基本は、山城の城下町である。

健脚のアデルが、文句を言いたそうにするくらいには、道は狭く、やたらに曲がりくねって、階段が多い。

人の行き来は、多く、また馬車その他はとても使えない街のつくりのため、大きな荷を担いでいるものも多かった。


「収納魔法が使えたら、けっこう重宝がられるぞ。」

と、ルウエンは言った。

もともと、マスターするのには、難しくはない魔法ではあるが、得られる収納スペースには個人差が大きく、しかも収納を続けている限り、魔力は常に消費され続けるので、基本の魔力量が一定以上ないと使えない。

迷宮探索などでは、便利に思えるかもしれないが、いざ、攻撃だ、防御だ、探索だで、魔法を使いたくなった時、収納魔法のせいで、使えませんでした、では本末転倒である。

メジャーな魔法であるのに、結構使い所が難しいのが、収納魔法だった。


アデルは、さかんに広い平原が広がる北の大地と比較して、この街を非難するが、それはそれ。立地条件そのものが違うのだ。


ひとは確かに多すぎるような気がしたが、とりあえず、殺気だって喧嘩をふっかけてくるものは、皆無。

“貴族”らしきものも見かけたが、とくに周りを威圧することもなく。ひとごみに溶け込んでいた。


地理に不慣れなアデルとルウエンは、何度か、「暁三番通りのラザリム&ケルト事務所」の場所を尋ねたが、誰もが足を止めて、場所を丁寧に案内してくれた。


なにやかにや一時間ばかりかかって、三人は、暁三番通りに辿り着いた。


道はいままでの路地に近いような曲がりくねった道よりは、少しはマシで、一応。荷車がすれ違えるくらいの道幅があり、途中には段差もなかった。

小さな看板の下のドアを開けると、なかは意外に広かった。


「いらっしゃい。」

豊満な体をドレスに包んだ女性が、アデルとルウエンとラウレスを迎えた。

「新顔ね? 冒険者証を見せてもらうわよ。そっちのお嬢ちゃんは?」


「ぼくはルウエン。こっちがアデル。ふたりとも冒険者学校で知り合いました。まだ在学中ですけど、冒険者資格はとってます。

こっちの女の子は、旅の途中で知り合った亜人のラウレス。

冒険者資格はもっていないので、見習いでお願いします。

それと、もうひとり。」

ルウエンは、冒険者者証の写しを取り出した。

「“貴族”です。ルーデウス伯爵。いまの時間は棺桶でお休み中です。」


「冒険者学校に在籍中に資格をとるなんて優秀ね。」

綺麗にマニキュアをした指を滑らせて、彼女は冒険者証の真偽を確認した。

「それに引き換え、なに。昼間で歩くこともできない“貴族”って。

ほんとにそれ“貴族”なの? どこぞの野良に騙されてない?」


“貴族”とは、ひとの生き血をすする亜人のなかで、その絶え間ない吸血衝動を少なくとも部分的には克服し、ひとにまじって暮らすことができるようになったものを言う。

単純にだから「強い」というものではないのだが、陽光の克服以上に、吸血衝動を克服するには、長い年月がかかる。

長い歳月を経たこいつらは、強いのだ。


「“親”から、陽光麻痺とか困った特性をずいぶん受け継いだみたいですよ。」


いくつかの書類にサインしながら、ルウエンは言った。


「まさか、おまえらも噛まれてはいないわよね。」


ルウエンは、首筋を見せた。牙のあとは六つ。

受付の女性は、天を仰いだ。

「噛み跡をふやすなんて、ずいぶんながっつきぶりね。あなたも“貴族”の仲間入りをするの?」

「お断りです。陽光と吸血衝動の克服に十年もかけてられません。」


にっこりと笑って、女性は手を差し出した。


「わたしはイシュト・グイベル。ここの支局長を務めてるわ。」

「よろしくお願いします、支局長。」


ルウエンは手をとった。


「いいわね、きみたち。」

イシュト・グイベルと名乗った冒険者事務所の支局長は、おそらく30代だろう。

女盛り。と言ってもよいだろう、見事な曲線の体を見せつけるように身を乗り出して、ルウエンと握手をする。

手はしっとりと柔らかかった。


「気に入っていただけてうれしいです。」

「昔を思い出してたよ。なにを隠そう、かの御方さまがカザリームを訪問されて、最初に訪れたのが、我が『ラザリム&ケルト事務所』。そこで、当時一介の受付嬢だったわたしが相手をしたのよ。」


ルウエンの目が細まった。口元は笑いを浮かべてはいたが、目の光は恐ろしく昏く冷たいものになっていた。


「ぼくと御方さまって似てますか?」

「まったく似てない。」


イシュト・グイベルは断言した。


「あまり、あのお方のことを語るのはまずいからやめておくけど、初めてお目にかかったとき、あの方はちょうど、いまのきみくらいだったんだよ。

でも、まあ、似てると言えば、似てる。風貌よりも得体の知れない感じとかがね。」

「得体知れなくはないと思いますよ。なんだしたら、冒険者学校に問い合わせしてもらってもいいです。」


「そこまでつまらない事はしないさ。

そうだ、パーティ名は?」


イシュト・グイベルの爪がとんとんと

書類の空白を叩いた。


「まだ、決まってません。ここにくる列車の中で結成したばかりのパーティなので。」


「そうなの?」

イシュト・グイベルは、渋い顔をした。

「あと、きみたちは、いま四人みたいだけど、ここでは正式なパーティは五人から八人の編成をしてもらってるんだけど。」


ルウエンは、顔を顰めた。

「 また冒険者資格が無効とは言われるんじゃないでしょうね。」


「そんなことがあったのかい?」

イシュト・グイベルは、破顔した。

「べつに、そんなことはない。

だが、パーティ名はすみやかにきめて、三日以内に届けてね。それと、伯爵夫人さまの写しではない正規な冒険者証もね。」


イシュトは、三人を招き入れた。


名前は冒険者事務所だが、古色蒼然たる冒険者ギルドの光景だった。

受付の隣は、椅子があり、丸テーブルが並んだ昔ながらの居酒屋の光景だ。


「最初の一杯はわたしのおごりだよ。」


愛想良く、支局長は言った。

時間帯のためか、そういえば職員は彼女しか見えなかった。

お客は、奥のテープルで読みかけの本に、顔を突っ伏して寝ている若い冒険者のみ。




「あまり、酔っ払ってしまうわけにはいかないんです。」

ルウエンは言った。

「ぼくらは街についたばかりで、今晩、城によばれているんです。」


「へぇ、そうなんだ。」

そう言いながら、イシュトは、酒瓶を取り出した。大振りなグラスになみなみと注がれたそれは、いかにも酒精がたかそうだった。


なにも分からないラウレスは、グラスを両手でつかむと、いっきに飲み干した。


「ふむ。」

それだけで、悪酔いしそうなげっぷをしてから、少女は呟いた。

「こんなものを飲んだら、人間のような脆弱な生き物は、意識の混濁やあるいは死にかねない。」

瞳の奥が金色に光った。

「おまえは、われわれに害意があるのか?」


「そんな無茶な飲み方をする酒じゃない!」

イシュトは、悲鳴をあげたが、本当に怖かっているわけではなかった。

「最初の一杯は、わたしからの試しよ。

どんな飲み方をするか、あるいは飲まないか。」


「ラウレスは、強い酒をすすめるには、ふさわしくないとは思わないか?」

アデルが怖い顔で、こちらは、チロリと琥珀の液体をなめて、顔を顰めた。

「にがい・・・・・」

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