第24話 最初の任務

ルーデウスは、陽の光が、山向こうに消えると同時に目を開けた。

自分の体質が、嫌になることがしょっちゅうある。

しかし、これでもマシにはなったのだ。


ようやく、人らしい意識をとりもどしたころの、ルーデウスは、朝とともに意識を失っていた。

抵抗のもようとない。完全なブラックアウトである。

だから、陽光を浴びると、自分の体がマヒすることには、ずっとあとまで気が付かなった。


そして陽光そのものへの耐性。

これだって弱かった。

本当に太陽光が、致命的に働くものたちのように、一瞬で体が灰になるほどではなかったが、再生が欠損を上回ることは、ついに無かった。



それらを克服する魔法は、“貴族”として強大な魔力をもつルーデウスに、とっても辟易する消費量だった。


計算上は、三つの魔法の重ねがけをしたうえで、酷い日焼けくらいの痛みを覚悟すれば、1日陽の光を浴びても大丈夫なはずだった。

これは、あくまでも計算上であり、過激な行動、つまり、戦闘など行えばきっちり、魔力ギレを起こす。

その場合には、対気絶と対麻痺があとからくるように、ルーデウスは魔法を展開していた。そのふたつはかなんとか展開させたまま、、なんとか、日の当たらないところに逃げ込むのだ。

なんともぞっとしない。

だから、ルーデウスは、昼間はあまり出歩かないようにしていた。


棺桶の蓋は、頑丈で、重い。

“貴族”の怪力でなければ、持ち上げることはおろか、ずらすことすら、難しいだろう。


昼間は、無力になることが多い“貴族”の自己防衛策のひとつである。

とはいえ、いつもルーデウスは、眠りにおちる前に不安にかられるのだ。もしも寝ている間に人間に戻ってしまったら、自分はこのまま、永久に棺から出られなくなるのではないか、と。


だが、今回もそんなことはなく、蓋はきしみながら開いた。


ルウエンたちはまだ、帰っていない。


急に不安にかられて、ルーデウスは立ち上がった。

吸血によって、ルウエンは彼女に従属しているはずだった。どこにいても彼の居場所はわかるはずだ。


それどころか、視覚や聴覚も共有でき、場合によっては、ルウエンを自在に操ることができるはずだった。

実際に、ルーデウスは、彼の記憶の一部も共有できている。

彼は一言も嘘はいっていない。彼は、名門の冒険者学校の学生で、在籍中に冒険者の資格を取得した優等生だ。


これは、おそろしく稀なケースである。


在学中に冒険者資格を取得することはありえなくはない。例えば、もともと魔力、体力に優れた資質をもっており、すでに冒険者として活躍していた亜人が、あらためて正規の冒険者資格をとりたくなった場合など、最短では一年ばかりの講習で冒険者資格を得ることができる。

ただ、その場合には、冒険者資格をとったら、とっとと、冒険者学校を卒業してしまうので、正規の冒険者になってなお、冒険者学校に在籍している意味がわからない。


だが、共有しているはずの彼の記憶をいくら探ってもその回答はなかった。


まるで。


みせてもいい記憶を彼が取捨選択しているかのように。


そんなことはありえない!!


寝室にしていたクローゼットのドアを、開けると同時に、玄関の扉が開いた。


ルウエンだ!

ルーデウスは、駆け寄りそうになる自分を、ぐっと抑えた。


ルウエンとアデルは両手に、荷物を抱えている。

冒険者事務所に登録に行ってから、買い出しに時間がかかったのだろう。あるいは新規の登録だから、そっちに時間がかかったのかもしれない。

でも。


無事に帰った。帰ってきてくれた!


ルーデウスは、なにを言ったらいいかわからずに、ただ、「おかえり」とだけ言った。


「新しい仲間を紹介します。」

ルウエンは、あまりうれしくなさそうに、見慣れない女性を招き入れた。


サングラスは、血を求めると赤色に変化する瞳の色を隠すため。首元に巻いたストールは、感情が高ぶったときに、無意識に伸びる牙を隠すため。

典型的なまでの、ひとに混じって暮らす“貴族”の典型だ。


短い革のジャケットと、ピッタリした革のバンツ姿で、それは少年のように髪を短くした彼女の中性的な風貌にはよく似合っていた。


だが。

どんな姿をしていても、分かってしまうのだ。


同じ“貴族”同士では、そこは隠せない。

隠すことなどありえない。


ルーデウスは、膝まづこうとしたが、ルウェンゾリが、その手を取って立たせた。


「いいニュースがひとつと悪いニュースがふたつあるんですけど、どっちから聞きたいですか?」

「わ、わるいほうから?」

「このひとが、ぼくたちのパーティに加わりたいそうです。この街ではパーティ編成は5人が原則のようなので、あたま合わせとしては、たいへんありがたいですね。」


「なら、どこが悪いニュースだ!」

短髪の“貴族”が抗議した。


「もうひとつ。最初の任務が決まりました。

バルトフェルの奪還戦。明日の朝、かき集められた冒険者とともに、乗ってきた列車でこの街を立ちます。」

「バルトフェルには、ククルセウ連合の軍がいるはずだ。それじゃあまるで」

「そうですね。戦争になります。言っておきますが、宵闇にまぎれての奇襲じゃありせん。、白昼堂々。旗を掲げて、軍使を交わして、正面からぶつかります。」

「せ。戦争じゃないか!」

「だから。そう言ってます。いま人狩りの勢いで、各冒険者事務所で徴募しているので、人数はそれなりに確保できそうですか。

なにしろ、集団戦をやっていない素人の集まりです。完全に不利ですね。」

「き、き、きぞくは! この街は“貴族”の街だ。“貴族”で隊を組めば」

「吸血鬼で編成された連隊ですか。確かに、一騎当千。百万の軍隊にも匹敵するでしょうね。でも、生ける不死者を従軍させ、組織して、行軍させ、戦わせるなんて難事、誰がやりますか?

それに、公式には『城』は、戦争が出来ないんですよ。ほかの国の争いには介入出来ないことで、中立不可侵を保ってるので。

だから、鉄道公社の依頼で冒険者をかき集めている。そのパーティに、たまたま“貴族”が混じってたなら、それはアリです。」


「わ、わたしは」

へなへなと座りこもうとしたルーデウスを、ルウエンはもう一度立たせた。

「昼間はほとんど活動出来ないんだぞっ……」


ルウエンは、うれしそうに、ルーデウスの肩を叩いた。


「そこで、ちょっぴりいいニュースです。」


少年は手を引いて、新顔の“貴族”を前に立たせた。

こんな紹介のされ方は、不本意なのか、むっつりと押し黙っている。


「城の『最高参議官』ロウ=リンドさんです。彼女、なんと伝説の真祖なんですよ!

ロウさんに、噛んでもらえば、閣下のふざけた虚弱体質も一掃できます。すごく、美味しい話だと思いませんか?」

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