第14話 怪談:やま

山に登る。

星を見に行くんだ。

僕は山の上のその星空が、

本当の星空だと思っている。

麓の小さな何かの石の像に、

とりあえず手を合わせたりなんかして。

本当の星空に会いたいんです。

そんなお願いをして、いざ行かん。


山道はとてもしんどい。

登る人にも降りる人にも、

出会いにくい山だったらしい。

孤独だと思う。

本当の星空に会えるだろうか。

僕は一休みする。

水は限られているけど、

渇いて渇いてしょうがなかった。


木々がさわさわと言っている。

心地いいなぁ。

山の命はここに帰るんだろうか。

僕もできればこういう心地いいところに帰りたいな。

とにかく暗くなる前に上までいかないと。

いや、もう無理かな。

道は外れていないはずだけど、

さて、誰かに会えないだろうか。


「人生だね」

僕の隣で、声。

「道を外れても、人生だよ」

見れば、かすり着物を着た少年が僕の隣で笑っている。

「じきに夜になるよ。どうする?」

少年は山のことをよく知っているらしい。

その程度の準備ならしてある。

少年は笑った。

「本当の星空は、どこにでもあるよ。この山でなくてもね」

「でも、この山の本当の星空を見たかったんだ」

「そっか…ここを特別って思うのはいいな」

少年は自分のことのように嬉しそうに。

「感覚を開いてあげる。この山を感じて欲しいな」


少年が僕の額に手を置く。

たとえようもない感覚。

感覚が山と一体になる。

悠久の時の中、繰り返される生と死、星が友である山。

僕は見たこともないくらい美しい星空を見た。

意識はそのまま、ふっと途切れた。


気がつけば、

僕は病院にいたらしい。

外れた道を歩いていたらしく、

見つかりにくいところに倒れていたらしい。

どうやら、僕はまだ山に帰れないらしい。

少年がなんだったのかはわからないけれど、

最高の贈り物をして、生きろと送り出してくれたのだと思う。

僕はそれに応えようと思った。


あれから。僕は眼球をなくした。

でも、あの山と一緒に、きっと僕の眼球も存在している。

闇は無じゃない。

じっとしていても、うごめくものがある。

生きているものも、そうでないものも。

その感覚を伝える術を、僕はまだ持たない。


本当の星空は、僕のまぶたの裏に。

顔も朧な少年は、確かに笑っている。

あれはきっと人じゃない。でも、なんでもいいんだ。

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