第13話 怪談:あしおと

深夜のオフィスと思って欲しい。

まぁ、ありきたりで無機質なビルで、

俺は残業をしていた。

特別な仕事をしているわけじゃない。

ただ、…愚痴になるからやめとく。

うん、ただ、残業して深夜だ。


冷たくなった缶コーヒーを一息に飲んで、

もう一本飲もうかと席を立つ。

オフィスに足音が響く。

あーあ。足音まで孤独感を演出だ。

暗い廊下に、足音かつんかつん言わせて、

俺は自動販売機を目指す。


変に明るい自動販売機で、

缶コーヒーをガコンと言わせて、

多少行儀悪く、その場で飲む。

俺はぐるぐると考え事をする。

愚痴に出来なかったさまざまのことについて。

いつも困ったように笑っている俺は、

みんなから本当に人畜無害の存在になれているだろうか。

上司の愚痴も、同僚の愚痴も言わない。

それが美徳と思っている。


「あ、行儀悪いんだ」

考えにふけっていた俺は、不意にかけられた声にびっくりする。

若い女性の声だ。

振り返れば、度の強い眼鏡をかけた女性が笑っている。

服装を見るに、同じような職業なのだろう。

「残業?」

よそのフロアから自販機求めてきたのかな、

俺はとりあえずうなずく。

「出来ないことまで出来るって言っちゃだめよ」

女性はそう言って笑う。

なんか、見透かされている。


なんだか、こんな時間まで孤独でいるのが、

俺一人でないことが嬉しくなった。

「気をつけないと、足がなくなるわよ」

何かの慣用句だろうか。

例えば、終電を逃すとか。

俺は曖昧にうなずき、缶を捨てる。

ガラン、音がする。

「あたしでよければ愚痴聞くわよ」

俺は曖昧に笑う。

初対面なのに、そこまで気にかけてくれることは嬉しいけれど。

「あたしみたいに、足をなくしちゃ、ダメだからね」

俺は、言われて、彼女をしげしげと見る。


確かに、彼女の足は存在しなかった。


彼女は残業して帰る途中に、

電車に飛び込んで足をなくしたらしい。

何もいえなくて辛かったと。

幽霊ならばそうなんだろうし、

だいぶ辛い思いをしたんだろう。


俺は彼女に愚痴をぶちまけた。

彼女はうなずいて聞いてくれた。

足音が一人分でも、もう、孤独じゃない。

足音がなくても、存在するものが、いる。


いるんだ。わりと結構あちこちに。

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