第10話 怪談:さけ

ここでしか、飲めないものです。


僕は常日頃頼まれていた通り、

彼女をとある酒蔵に連れて行った。

うまい酒を造っているんだ。

彼女はとても酒が好きで、

僕もまた、そんな彼女が好きだ。


酒蔵の主人は、気のいい老人で、

この地域と酒の歴史を彼女に聞かせている。

穀物のこと、水のこと、

地域の地主だったり、支配者だったり。

そして、農民達の物語だったり。

彼女は興味しんしんで聞き入る。

酒に物語があれば、彼女はそれがとても大好きなのだ。


「この酒は、ここでしか飲めないものですよ」

老人はそういい、試飲用のコップに酒を注ぐ。

彼女はきょとんとしている。

「どこにも出て行かない、ここだけの酒なのです」

彼女は理解しようとつとめ、

「よそに持っていくと、鮮度が落ちるのかしら?」

などとちょっと的外れのことを言う。

まぁ仕方ない。

普通考えればそうだから。


「お嬢さん、思いはどこにあると考えますか?」

老人は尋ねる。

「心は、どこに残るでしょうな」

彼女は、きょとんと。

わからないと言う風に首をかしげ、

思い出したように酒を試飲する。

「その酒は」

老人は言う。

「この地で流れた思いが、凝縮されたものですよ」

「いろんな人の思いが?」

「ええ、そう、様々の人が詰まっています」

「人が詰まっているのね、面白いのね」

「ええ、言葉通り」


彼女が、くたりと崩れるように倒れる。

無理もない、強い思いは耐性のない人をこうさせる。


「よいのですかな」

「ええ」

僕は答える。


彼女をこの地で永遠にしよう。

人の思いと肉体の詰まった酒樽に、彼女をを詰めよう。

僕は彼女を愛している。

ここでしか飲めない酒に彼女も溶かして、

彼女を愛し、彼女を愛でよう。


大好きだから永遠にしたい。

僕は間違っていないと思うんだ。

飲めば僕の中で彼女が熱くささやくように。

それは最高の思いの詰まった酒になる。


ここでしか飲めない酒。

永遠の詰まった、美酒。

この地を支配してきた、僕らのために、

この酒は絶えることなくつくられる。


愛してるよ、誰のことも忘れないよ。

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