第9話 怪談:なまえ

また同じ名を名乗って。


抱きしめてくださいまし。

私はそう告げた。

未来永劫、離さないでくださいまし。

あなたはうなずいて、しかと私を抱きしめ、

私たちは、水に沈んだ。


最近よく見る夢だ。

前世の記憶とか言い出したら、

面白いかもしれないけれど、

心中するような前世は、どうも誇れるものじゃない。

心中のその前のことも夢に見る。

私は今と同じ名を名乗っていて、

愛し合っていたらしい。


相手の名前も夢に見た。

探そうとは思わない。

心中をまたされるんじゃないかと言うのと、

そんなに愛し合うのは、私にとっては重荷だ。

必要ないといえば、ない。


ある日、何かの縁で知り合った男は、

夢の心中相手と瓜二つで、

同じ名前を名乗っていた。

私はそれが気にかかり、

それが始まりで、私たちはぽつぽつ話すようになった。


泣きたくなるくらい、夢の相手と同じだった。

平和なこのご時勢なら、

もう一度やり直して、今度こそ幸せになれるだろうか。

私は、そんなことを思った。

冷たい水の底で、

ぬくもりにしがみついた記憶は、

現実のようにまだ残っている。

恐怖と狂喜と、あなただけ。

生まれ変わりなど、信じて、いないのに。


私は、男と親しくなりつつ、一定の距離をとった。

ボーダーラインを引いた。

怖かったのだ。

何が怖いのかは、わからない。

けれど、一定以上近づいたら、何かが壊れてしまう気がした。


名前を呼ばないで欲しい。

私は、あなたの正体も、もうすでに知っているから。


私は同じ名前を宿しているもの。

何度生まれても、同じ名前をまた付けられる。

そしてあなたは、

その私だけの死の使い。

この名前を持っている私を、死に誘う者。


また、あなたが私を呼ぶ。

私は自分で引いたボーダーラインを越える。

また、私たちは同じ運命をもってして、二人で死ぬ。

死の使いを抱きしめ、抱きしめられ、私の命は消える。

そして、また同じ名を名乗って、あなたと愛し合う。

過去も未来もなくて、ただ、名前のさだめだけがある。


また同じ名を名乗って。

今度はどんな風に死ぬのだろう。

恐怖と狂喜と、あなただけ。

あなた、だけ。

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