第3話 祭りの日

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 夜の会議が終わり、豪奢な天幕では一人の男が興奮さめやらぬようすで銀の杯に酒を注いでいた。白熱した議論だった。全くあぶない議論だったとダン・シルバーは思った。

 幾重にも布を張り巡らせ、声が外に漏れぬよう仕立てた天幕でヴォーダモンの騎士たちは、百年前に古龍エルサド=キを殺した偉業をいまだに語り継ぎ、己の自信としていた。

「剣は龍殺しの術が仕掛けられています」

 ヴォーダモンの団長はその厳つい手甲を台にもたせかけて熱く語った。

「先ほど寝ている龍を見たが、あの程度ならこれほどの軍団はいらなかった」

「冒険者たちが無能だったとでも?」

「侮っての話ではない。事実を述べただけだ」台の上の杯のいくつかが揺れた。

「大きさもさほどでなく、魔法の力も感じない。あれは生命力が強いだけの龍にすぎません」

「話はよくわかった団長殿。しかしあまりに多くの犠牲が出ているのも事実。そのため策をろうしたのです。いかがかな」

 サラインのダジは進み出て、小瓶を取り出した。まず純度の高い瓶にヴォーダモンの騎士たちは賞賛の声をあげた。

「これはサモリアの運命毒です」とダジは説明する。「これは運命を定める毒なのです。愛する者には愛を、別れる者には別れを、生きるべき者には延命を、死すべき者には死を与える無類の毒」

「サラインの秘宝ではないか!」

 団長は唸った。〝輝ける〟ダン・シルバーは笑った。

「そう! 我々はあの龍の生命力にはいたく悩まされている。ゆえの毒です。

 ザニターリの不死を終わらせる、死すべき運命を定め、皆様の剣に塗ればよい」

 

「いかがですかダン・シルバー」

 顔が見えないよう長衣の頭巾を顔に垂らす小柄な男が話しかけた。

「うむ。流れ通りだフェールハルト。お前も飲め」老魔術師は杯を押し頂き口をつける。

 灰色の長衣を着た老人は金の輪を幾重にも首に、腕にまとわりつかせていた。魔力を高める金鎖だ。その手から放たれる光の剣の魔法は剣士を一突きで屠れることをダン・シルバーは知っていた。ただダン・シルバーが老人を頼りにしているのは戦う術の冴えではない。

「古き友がが素晴らしい毒を持ってきた。お前に言っていた運命毒だよ」

「真意は悟られませんでしたでしょうな」

 ダン・シルバーは笑う。挫折なき男の無邪気な表情だった。

「あの龍には死の運命を与えると言った。事実嘘はない。誰かが真見の術を使っていたとしても嘘とは思うまいよ」

「しかりしかり」歳の割に若々しい魔術師フェールハルトは酒を啜りながら言った。

「本物の不死の龍ザニターリですら、死すべき龍の運命を与えれば死に果てるでしょうよ」

 老魔術師はダン・シルバーより運命毒の小瓶を受け取ると、小刻みに揺らした。

「しかしあの毒龍は我が秘法にて動いているだけの小さな龍。運命毒を昇華するための道具ににすぎませぬ。龍を試験瓶フラスコ代わりに使う秘術は今は知る魔術師も少なくなり申した」

 魔法の具現化たる龍を使って秘薬を練り上げる古い技は、その積み重ねた年月の重みよりも暗い邪悪である。とはいえダン・シルバーにとってその善悪は関係なかったわけだが。

「俺を帝王の座に押し上げる宝というわけだ。さすがはミランザを相手にした魔術師よ」

 ダン・シルバーの賞賛に、老人は顔をほころばせ貴重な毒を懐に収めた。この魔術師はミランザとゲネウチの伝承が本当だと知っている一人なのだ。なにせあの緑の乙女ミランザと戦ったこともあるのだから。ミランザの居場所を突き止め、共に襲った仲間が死に果てたなか、若きフェールハルトが命からがら逃げ延びられたのは己の実力の高さゆえだと密かに誇っていた。

「明日までにこの薬を増やし、あの鎧武者たちの剣に塗ってやりましょう。作るのは骨だが、増やすのならやつがれにも叶いましょう。塗られた薬にはいかなる術もかかっておりませぬ。

 運命を変える薬のみを刃に塗られた手練れたちは勇敢に龍と戦い運命毒を龍に食わせ……」

「よりあのえさを肥えさせてくれる」ぐっとダン・シルバーは残った酒を飲み干し、想い出したように言った。

「全く、薬は使いようだな。

 もしあの日「王子を殺せ」と運命薬を使っていれば、アトーゼの姫は死ななかったろうよ」

 サラインのダジは会議から戻り、仲間の元へと向かった。付き合いはダン・シルバーの方が長いのに、仲間と言えば今はあの三人だった。ダジはもちろん、ダン・シルバーの思惑は知らない。ただなにかぞわぞわするような仕掛けがあるのは気づいていた。今回討伐するあの龍が古龍ではないと知ったヴォーダモンの騎士たちはダン・シルバーから、それでもあの毒龍が殺し尽くしてきた人々の財をかき集めれば充分な儲けになると説き伏せられて不承不承納得していた。口喧嘩でダン・シルバーに勝てる者は中々いないだろう。

 天幕に戻るとドワーフが面白くなさそうな顔で鍋いっぱいに粥を作っていた。

「折角持ってきた米だ。食っちまおうと思ったんだが、あの二人が戻ってこねえ」

「とっつぁん、あのタランガンのことをどれだけ知っている?」サラインのダジは顎をかきながら尋ねた。「故郷にいい人がいたとか」

「あいつは自分のことは語りたがらねえ。一度だけエリンって名前を聞いたことがあるが、さて、どこかで聞いた名前だなぁ」

 つっけんどんにゼマラン・サバランは応える。

「ただ、あいつは誰かのために命を投げ出しても惜しくねえってやつだ。優しいやつなんだ」

「俺はあいつが心配なんだよゼマラン」サラインのダジは正直に告白した。

「あいつはときおり嘘みたいに寂しい顔をする。光闇祭を見ていたあいつはきっと他の誰かと、男か女かはしらんが、あの祭りを見たかったに違いないんだ」

「占い師の勘か?」

「若者を見守る先達の勘ぐりさ。もしかしたらあいつが優しいのは、自分の身をなにかに捧げて消えちまいたいか、……それとも死にたがっているからではないか。おっと」

 サラインのダジは口を閉じる。座り込む人の隙間を縫って、タランガンとゲネウチが戻ってきたからだ。見張りの位置から龍を観察したのだと言う。

「あれはただの龍だ」

 タランガンが熱い粥を啜りながら言った。

「俺とゲネウチで見た。あれは殺せる龍だ。それが今まで死なないのはどうにもおかしい」

 声を潜めたのは周囲に聞こえないようにだ。サラインのダジも伝える。

「俺が渡したのは運命毒だ。相手の運命を定める毒だ」

「どういう毒だ」旺盛な食欲を見せていたゲネウチが尋ねた。

「不死をも殺せる毒とは」

「毒も薬も表裏一体よ」サラインのダジは首を横に振った。

「例えば俺が皆につかったオロ菜の軟膏はよく効く薬だ。とりわけ傷口と火傷に効く」

 次に取り出したのは別の薬だ。液状のどろりとした白い薬を注意深くタランガンに見せる。

「しかしこのキャセルの水薬は全ての薬の効果を無効にしてしまうのだ。よく効く薬が効きすぎて肌にかぶれを作ることがある。舐めれば即座に傷が治るような魔法薬でさえだ。薬はよきにつけ悪しきにつけ効果をもたらす。だからこそ効果を消したり弱めたりする薬も必要になるのだ」

「ふむ、薬には効果があるから、その効果に直接作用する薬もある、ということだな」

 ゼマランの理解にダジは頷いた。

「そうだ。その効果をうけないのは運命毒だけだ。運命毒は運命をさだめる毒なのだ。効果があるのは運命と結びつく魂にだけだから、キャセルの薬も効かない。

 そしてこの薬を含んだだけでは死なない。

 この薬に強烈な命令を運命さだめることで、獲物を死に運命さだめるのだ」

「悪意が毒の本質だと?」タランガンの質問にダジは「そうだ」と答えた。

「運命毒は肉体に作用するのではない。先ほども伝えたが、肉体途別の魂に作用するのだ。それも条件が違っていては効果を発揮しない。例えば王子よ死ねという運命はどの王子にも影響を与えるが、王の跡継ぎよ死ねという運命は、継承権のない第三王子には効かない」

 タランガンの顔色が変わった。すでに立ち上がっていた。気圧されるダジに、食ってかかるようにタランガンは言った。

「ダジよ。では毒味役と王子がいたときに、王子が死ぬと運命さだめた食い物を出せば、死ぬのは王子だけだというわけか」

「そうだ。運命毒は王子だけ殺す」ダジは残酷に告げた。

「三年前、ダン・シルバーはその薬を、俺から手に入れて使ったのだ。奴は言っていた。王子が死ねと運命さだめなくてよかった。もし王子と言っていたら、あの姫君は生きていただろうからな、と」

 タランガンの目が見開かれた。サラインのダジは恐怖に震えた。強烈な殺気がタランガンから発せられたからだ。けれど青年の声は穏やかだった。いつかこの日が来たら、冷静に尋ねようと想い続けてきた成果だった。

「ダジ、その話をもう少し聞かせてくれ」

「ヤツは俺に運命毒をねだったのだ」ダジは恐れを隠し、素直に話した。「アトーゼ王国は知っているか。そこの貴族ゲルドという男を暗殺したいとヤツは言った」

「ゲルド」タランガンの目が光り輝いた。

「ああ、知っているとも。狭窄的な視野の持ち主で、戦うことしか知らぬ男だ。そいつは王の従兄で息子をアトーゼの王にしたいと画策していたヤツだな」

「そうだ。ダン・シルバーはその陰謀を耳にして許せんと思ったというのだ。ヤツに運命を味あわせてやると俺を説得し、薬を手に入れた。しかしヤツこそがゲルドの手下だったのだ。ヤツは運命毒を料理に混ぜ、王子とその毒味役に飲ませたのさ」

「なるほど! 間抜けな毒味役が口にしても、毒は効果を及ぼさぬわけだ。ダン・シルバーはなんと呪いをかけたのか」

「アトーゼの世を継いでいく者を殺せと願ったと」

「バカめ」タランガンは血走った目でダジを睨み付け、低く吠えた。

「小賢しいことをダン・シルバー。王子よ死ねと願えばよかったものを! そのときのヤツの残念な面を拝みたかったものだぜ!」

「タランガン、まさか!」

 さすがにサラインのダジも気づかぬはずもなかった。どっと出た汗。炎が青年の顔を照らし、その瞳の奥には冷たい青い火が燃えていた。

 タランガンは低い声で言った。

「俺こそが間抜けな毒味役! 

 アトーゼの跡継ぎを毒殺から救えなかった、能なしの毒味役よ!」

「許してくれ! いや……」

 そうだ。ただ詫びて済むことではない。次の言葉が出てこなかった。

 這いつくばるサラインのダジの声は泣き出しそうだった。タランガンはなにも答えなかった。ただ少し離れた場所で仲間に背を向け、敷布にごろりと横になった。ゼマラン・サバランがそっと毒使いの肩に手を置く。慰めの言葉は出てこなかった。

「なんにせよ決着をつけるのは、全てが終わってからでいいでしょう」

 ゲネウチが無遠慮とも思える口調で言った。

「明日、皆生き残れている保証もないのだから」

 狂おしい気持ちに何度も頭を抱えながら、サラインのダジは粥を食い切った。ゲネウチの言うとおりだった。明日なにがあっても動けるようにしなければならなかった。

 ごろりと横になり目を閉じると、あの祭りの風景が男の瞼に浮かんだ。フレールの光や実祭りの喧噪のなかで、タランガンが誰かの手をとって笑い合う夢を見て、涙が溢れた。

 朝は滴る水のようにやってきた。光は梢から木々から差し込んで、影のしじまは山の緩やかな裾にしがみつく天幕を覆う。

 サラインのダジは己の命がまだあるのが不思議であった。タランガンは自分を殺す権利があった。むっつりと朝、顔を合わせたタランガンは昨日のことなど忘れたかのように言った。

「俺はダン・シルバーの企みが龍を殺すことにあるのではないと思っている」

 ダジは恐る恐る頷く。ゼマラン・サバランは朝の茶をたてはじめた。タランガンは続けた。「あの大きさの龍が殺せないのは不可解だ」

「ええたしかにあれはザニターリではありえない」ゲネウチは同意する。「けれど昨夜も言った通り、その力は驚くべき驚異そのものだ。あの子はそんな子ではあり得ないのに」

「あの龍を殺す」あの子? ゲネウチの妙な言葉が気にかかりながらもタランガンが言った。「俺が龍の命を奪う運命そのものになる。サラインのダジ。お前の力が必要だ」

 呼びかけられて、毒使いはびくりと肩をふるわせた。寝付けなかった目元に黒いクマが浮かんでいる。タランガンはまっすぐ旅の道連れを見つめた。

「何故あの龍が死なぬのか、俺は推論がある。お前の意見を聞きたい。必ずその無限の生命に企みがある。不死などあるはずがないのだ」

 そのとき、遠くから角笛が聞こえた。周囲にいた冒険者たちがのろのろと立ち上がる。

「なんの騒ぎだ?」尋ねるタランガンにゼマラン・サバランは服の袖を引っ張った。「火傷止めだってよ。多少の傷はすぐに回復する魔法薬だそうだ。臭い代わりに効果派抜群だとよ」

 ドワーフは鼻息荒く言った。

「ダン・シルバーの野郎め、出し惜しみしやがって。あれをしっかり塗っときゃ、沢の天幕で苦しんでた連中の傷もちっとはマシだったろうぜ」

 ゼマラン・サバランの苛立ちを無視してタランガンは問うた。

「ダジ、傷薬を食い続ければ人は死なぬのか?」

「バカな。いかな魔法薬とはいえ、食い過ぎれば利き目が強く出すぎる。お前みたいな癒やしの手でもあれば、体内で調整し、利き目を出し続けることも出来るだろうが……」

 ゲネウチがサラインのダジを遮った。

「いや、私には仕掛けが見えたぞ」エルフは面白そうに目を細める。

「何者かがあの龍の身体に取り込まれた薬を、その体内でこね回し、癒やしの薬の効果を出し続けているのだ。古い邪悪な魔術だ」

「龍の体内で? そもそもどうやってあの龍に傷を癒やす薬を食わせる」

 訝しげに尋ねるサラインのダジに、海原のゲネウチはにやりと口角を上げた。

「龍は何人も食っているではないか。魔法薬をたっぷり塗った戦士はおおごちそうだろうよ」

 タランガンは頷く。少し口を閉じて、それからダジの目を見て話しだした。

「俺も同じ意見だ。あの龍は無理矢理太らされている。ガチョウの口に餌を詰め込むだけ詰め込んで太らせ、それを焼いた料理がある。あれと同じだ。ダン・シルバーも同じ事をやっているのだろう。だから俺は内臓料理が苦手なのだ」

「え?」

「俺たちが食ったのは、太らされたガチョウの内臓料理だったのさ」

 そして一緒に食った友は死んだ。タランガンはほろ苦くサラインのダジに言う。

「アトーゼのエリンと俺は双子みたいにそっくりだった。俺は奴が死ぬまで男だと思っていた。あの女、全く大した野郎だぜ」

「タランガン……」

「俺達はいつか、フレールの光闇祭を見ようと誓っていた。ゲネウチとミランザの物語はあいつが大好きだった話だ。姉妹の口づけを見てみたいねえなんてマセたことを言っていた。

 そうだ。サラインのダジ。俺はあの風景を、あいつと一緒に見たかったんだ」

「タランガン、おれは……」再び謝罪をしようとするダジをタランガンは押しとどめた。

「今俺はお前に怒っていない。龍に人を食わせて、なにか企んでいるダン・シルバーの野郎にだ。おそらく奴は、あの龍も操っている」 

「あの狼たちみたいにか」ゼマラン・サバランはいかついヒゲを震わせた。「人の心のねえ野郎だ。おれは殺された灰色狼がタランガンの手を舐めたのをはっきり見たぞ!」

「チクショウめ、ダン・シルバーはいったい運命毒をなににつかうつもりだ。俺は龍を殺すからと言われたからあの薬を渡したのに!」

「間違いなく龍を殺す為につかうのだろうよ」タランガンは嘆くダジを慰める。

「その方法がなんなのか、まだわからないというだけさ。運命毒を龍に使うのもわかる。だが己の仕掛けた不死の仕掛けを取り消すのに運命毒など使うか? 解せない」

 タランガンは誰もいなくなった魔法薬の鍋から残りを革袋に取る。ただ、苦いような甘いような妙なにおいのそれをダン・シルバーの企みがわからぬうちは使う気になれなかった。

 咆吼が聞こえた。

 龍のものだ。四人の足が速まる。

 昨日の見張りの位置まで来ると、禍々しい全景が見えた。

 目覚めた龍はネトついた液にまみれ、黒く輝いていた。龍はトカゲだと嘯く学者がいたが、あんなにも首が長く角のあるトカゲがいただろうか。鱗の境目が見えないほど粘液に覆われた竜の目だけが怪しい金色に輝いている。ずるりと伸びる首は戦人たち五人で斬りつけてもまだ余るだろう。そこまで近づける者があるならばだが。竜は吠えた。馬が聞けば恐慌に駆られ逃げ出していただろう。崖際から男たちは弓を引く。矢は当たるがその返礼は溢れるような火だった。もう既に何人かの弓兵は腰がひけていて、どう逃げようか必死だ。矢が止む頃に男たちが龍に駆け寄っていった。「いける! 今度こそいける」うわごとのように呟き、戦士たちが飛び込み、龍の足を狙う。黒龍の足は大人の男くらいの太さで、鎧ごと寄せ手を軽く振り抜く。首の骨が折れた男がもんどり打って倒れると、竜はゆっくりとそれを口に含み、飲み下した。喉を食い物が通るときの微かな窒息感を楽しんでいる竜に、勇士たちが斬りかかる。彼らの腕が悪いわけではなかった。ただ幾度も深手を与えたはずなのに、皮膚から垂れるどろりとした粘液のしたで傷はみるまに塞がった。

 角笛が鳴った。

 タランガンたち荒地の向こうに銀色の輝きを見た。それは赤い竜の旗を立てた旗手と、それに続く騎士たちの姿だった。ゲネウチが叫ぶ。

「ヴォーダモンの騎士が!」

 もう一度高らかに角笛が鳴り響く。鎧の騎士たちが山の斜面を滑り降り、毒にまみれた黒龍に斬りかかる。彼らが手強い戦士なのは一目瞭然だった。銀の剣がきらりと輝くや、竜の鼻面に、首元に、次々と容赦ない一撃を加えていく。寄せ手は勇気づけられた。今度こそ倒せるかもしれない。この騎士は竜殺しの専門家だと聞いている。火除けの術に毒避けの薬。独自に用意している秘術は戦い続けるための技だ。かつて古龍エルサド=キが泣きながら許しを乞うなかでその巨体を殺し召した騎士たちの末裔が伝説を再現しようと奮闘していた。龍から炎が吐かれた。突然、何人かの鎧戦士が立ち止まった。今まで火炎に撒かれても平気だった者たちだ。本物の強者たちだ。それが鎧の隙間から白い煙を立ち上らせた。えもいわれぬ、吐き気を催す美味のにおいが戦士たちの鼻をくすぐった。中まで蒸し焼きにされた人間の出すにおいに、何人かが足をもつれさせた。竜は棒立ちになった騎士を美味しそうに噛む。血は出なかった。ただ新鮮な赤身が人間だったものの断面から見えた。食事だった。

 そうだ。

 これは竜を太らせるための食事なのだよ。

 祭りの日であった。

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