5:依頼
「ユタ様。お願いします! ぜひ!」
アトリージュは声を荒らげて、ユタに詰めよった。
「ちょ、ちょっと待ってアトリ。確かに私はルンファーリアの神官だったけど、それは『元』だ。今は違う。さすがにまずいよ。身分詐称になってしまう」
「いえ。幸か不幸か、ルンファーリアはユタ様のことを公にしていません。押し通すことはできます」
「そんな無茶な!」
「お願いします。アルカの神託宣誓さえ済めば、ひとまず彼は安全なんです」
アトリージュは床に頭が付きそうなほど深く腰を折り、ユタに懇願する。
ユタは困りはてて、アシュレイに助けを求めた。
「まあ、いいんじゃないか? 褒められたことじゃないかもしれないが、アルカ殿の命には代えられないだろ。人助け、だと思えばさ」
「そうは言ってもなぁ」
「僕は、」
突然、ファートが声をあげた。
「ファート?」
「僕は、アルカに会いたい。それから、アルカに聞いてみたい」
驚く大人たちを真正面から見据え、ファートは頑として言い放った。
「僕は、アルカがどうしたいと思っているのか。聞くのが良いと思う」
「ファート」
ユタは『自分の気持ちを主張するファート』に面食らった。が、確かに一理ある。庇護される立場とはいえ、事の中心に居るのはアルカだ。
「ま、確かに筋だな。どうする?」
「そう、ですね。わかりました。ひとまず寺院へ行きましょう。アルカも交えて、今後のことを相談させてください」
ユタたちはうなずきあい、アルカの居る寺院へと向かうことにしたのだった。
「ファート! 無事だったか!」
寺院奥の一室で、アルカは本を読んでいた。実につまらなそうな表情で頬杖をついていたのだが、ファートの姿を認めるとパァッと顔を輝かせた。
「アルカこそ。……大丈夫だった?」
「その、悪かったな。巻き込んじまって」
「僕のほうこそ。ごめん。騎士団の人とは知らずに、吹き飛ばしちゃって」
「そうだよアレ! 何だったんだ? 見たことのない術だった。ファートの国の術なのか? めっちゃくちゃスカッとしたぜぇ! 今度またやってくれよ!」
キャッキャと騒ぎたてていたアルカは、扉の外にたたずむアトリージュに気がついた。そして「しまった」と言わんばかりに肩をすくめる。
「アルカ殿? お元気なのは結構ですが」
そう言うアトリージュの目は笑っていなかった。しかし、背筋を伸ばしたアルカは、悪びれもせずしれっと言い放ったのだ。
「アトリージュ叔母さま。ごきげんうるわしゅうございます。お忙しいなか、いかなる御用でしょうか?」
なかなかの変わり身である。隣であっけにとられているファートを尻目に、優雅な挨拶を披露してのけた。ファートとそう変わらない年齢に見えるが、彼もまた『年齢相応』の行動が許されない立場なのだろうと知れる。
「まったくもう。すみません。ユタ様、アシュレイ殿。こちらがアルカディア・ハン・フェン、私の甥です。アルカ殿。こちらは私の友人でユタ殿とおっしゃいます。お隣はお身内のアシュレイ殿です。ご挨拶を」
「はじめまして。ユタ殿、アシュレイ殿。アルカディア・ハン・フェンと申します。アトリージュ叔母さまとはご懇意とのこと、お目にかかれて光栄です」
ユタとアシュレイは顔を見合わせた。なかなか堂に入った作法だ。
ふたりも自己紹介と挨拶を返したが、ファートだけがなんとも言えない表情で固まっている。どうやら「アルカ殿」の変貌ぶりに、納得がいかないようだ。まるでハーフェンの市場で深海の魚を見た時のような目つきで、アルカのことを凝視している。
「ごめんな。ファート」
「アルカ?」
ファートは眉をひそめたが、突然自分の前で腰を折り深々と頭を下げてきたアルカに跳びあがった。
「ファート殿。この度は迷惑をかけてしまい、たいへん申し訳なく思っております」
「……アルカ?」
「私はアルカディア・ハン・フェン。ハーフェンの寺院に属する人間です」
「うん。うん?」
「先日は、身分を隠し街へ出ていたところ、ファート殿と出会いました」
「………」
「それが私の個人的な事情により、危険に巻き込んでしまいました。申し訳ありませんでした。平にご容赦ください」
ファートは、なんとも言えない居心地の悪さを感じていた。何故だか理由はわからなかったが、アルカのことが腹立たしいとさえ思ったのだ。
「うん。アルカは王族の血を引いていて、魔力を持っていたから寺院で育つことになった、ってアトリさんから聞いた」
「アトリージュ叔母さま! そのようなことを部外の者に伝えるなんて。どういうことですか?」
アルカは驚き食ってかかったが、彼女が弁明するひまをファートは与えなかった。
「そんなことはどうでもいいよ。僕が驚いたのは、アルカが急に馬鹿丁寧な言葉遣いになった、ってことだから。それに、その、アルカの偉い人言葉のことだけど。何というか、ぜんぜん、似合ってない。……気持ち悪いよ」
「気持ち悪い、って」
「うん。街で話していた時のアルカのほうが、ずっといい。『アルカ』って感じがする」
「そんな、こと、言ったって……」
さすがに話がこじれそうな気配がしたので、ユタは助け船を出した。
「ファート? ファートだって、私と話すときとアシュレイと話すとき、態度や言葉遣いは違うんじゃない?」
「あ。それは確かに。そうかもしれない」
ファートはなにやら、思い至ったようだ。
「否定はしないんだな……」
アシュレイがポソリとつぶやき、ちょっぴり寂しそうに視線をそらす。
「でしょ? 時と場合と相手によって、態度や言葉遣いを切り替えるのは、別におかしなことじゃない。しかもアトリージュ司祭は、アルカ殿の叔母上で目上にあたるわけなんだから。彼女の前では、自然と改まった態度にもなるでしょう?」
「それは、そうだね。……ごめん、アルカ。その、気持ち悪いなんて言って。ちゃんと、そうやって、自分のことを御せるなんて、アルカは、すごいや」
「ファート。いや、そこじゃないだろ!!」
「??」
素直に謝るファートに、アルカはあからさまにたじろいだ。しかし当のファートにアルカの心の機微は伝わらない。
ユタはもう一隻、助け船を出すことにする。
「申し訳ないです。アルカ殿。ファートは私の連れでね。あなたのお立場についてはアトリージュ殿から聞いたことなので、他意は無いものです」
「そう、なのですか」
「はい。それより、もしアルカ殿がファートの前では素でいられるというのなら、どうかそのように。ファートも、それを望んでいるようですから」
「……」
「ユィタ。どういう意味?」
「公的な場所や人前では、かしこまる必要があるけど、ファートと一緒のときは今まで通りでいいよ、ってこと」
「なるほど。うん。それがいいよ。アルカ」
「ユタ殿、よろしいのですか?」
ファートは納得したようだが、アルカは戸惑い顔だ。
ユタは、彼の保護者に伺いをたてる。
「どうかな? アトリ」
「それは、願ってもないことです。私たちのような身の上にとって、そういう友は黄金千金にも代えられません」
「叔母上?」
アトリージュは微笑み、二人の前にかがむとその手をとった。
「ファート殿。アルカ殿と仲良くしてくださってありがとうございます。アルカ殿も、ファート殿に愛想をつかされないようにしないといけませんね」
「叔母上!」
顔を染めたアルカだったが、ユタがからかうように口を出す。
「いやぁ。ファートもなかなかツワモノだからなぁ。アルカ殿もファートと『友人』をするのは大変かも……」
「ユィタ! ひどいよ!」
「ごめん、ごめん」
「そうだ! こいつ握手も知らなかったんだぞ!」
「そんなこと言ったって! 握手は『この国の』挨拶でしょ! 北の船の上では手と手を握るんじゃなくて、お互いの肩を叩くのが挨拶なんだぞ!」
「……そうなのか?」
「そうだよ!」
さっそく喧々諤々しだした二人の少年を、大人たちは微笑ましく見守った。どうやら互いに、学ぶことは多そうだ。
「ですが叔母上、彼らを巻き込んだのは何故ですか? 助けられたとはいえ、私が街でファートと出会ったのはただの偶然です。そこまで詳しい事情を説明する必要はなかったのでは?」
暗に非難の目を向けてくる甥っ子を、アトリージュは諫めた。
「落ち着きなさい。それから早とちりはおやめなさい。そのことを相談するため、ここに来たのです。あなたの意志を問いたいと思っています」
「私の、意志? どういう意味です」
首をかしげたアルカに、アトリージュはユタをしめした。
「ユタ殿?」
「ええ。この方は、ルンファーリアの第一神官シィリディーナ。ユィータ・エラマトゥ・ティエラ殿。です」
「……は? ルンファーリア?」
「今はこうして旅の身空でいらっしゃいますが、れっきとしたルンファーリアの高位神官殿です。アルカ殿。あなたの神託宣言の立会人を、お願いしました」
アトリージュは彼に説明した。
騎士団の中に、アルカを害する者が紛れ込んでいる可能性があること。
ソレを撃退したファートの安全を、保障できなくなってしまったこと。
騎士団の護衛と警備を頼れなくなったこと。
しかし、神託宣言の儀式を省略することができそうなこと。
立会人として、ユタを頼ったこと。
そして、その件についてアルカはどう考え、どうしたいのか聞きたいということ。
アルカは神妙な面持ちで耳を傾けていたが、話を聞き終わると言った。
「一晩、時間をくださいませんか。しかと考えて、答えを出したいと思います」
大人たちに、もちろん異存はなかった。
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